すばらしくてNICE CHOICE

暇な時に、
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松本敏将(tobaccojuice)@世田谷ものづくり学校GO SLOW ゆっくりとカフェ
昨年夏に活動を休止したtobaccojuiceのボーカル松本敏将による東京では初となる弾き語りワンマンライブ「ふさふさナイト☆」に行ってきた。場所はかつて中学校だった校舎を再利用した世田谷ものづくり学校内にあるカフェ「GO SLOWゆっくりとカフェ」。入口をくぐり、左の端となる107号室だ。以前は保健室だったらしい。10数人分の椅子が用意され、50人も入るといっぱいになりそうな店だ。ステージの真向かいにキッチンがある。


【第1部】 19:38〜20:25

開始予定時刻を少し過ぎてから、アコースティックギターを片手に現れた松本は、"振る舞い酒なんで"と白ワインの瓶を掲げてみせる。ギターのチューニングを丁寧にした後に、さっ始めるかと顔を挙げた瞬間にタイミング悪く(あるいは良く)、振る舞い酒欲しい方はいって下さいとのスタッフの声がして、場がいい感じにほぐれていく。

祈りにも似た不思議な旋律の短い曲「Lugu Lugu Kan Ibi」で幕を開ける。台湾の原住民族ブヌン族の民謡だという。続いてタバコジュースがリリースしたカバーアルバムに収録されていた「ダニー・ボーイ」。歌う前にはメロディの歴史を紐解くMCがあった。オリジナルですと告げ、"恋をしてしまった"という歌い出しの「ゆうやけほろほろ」が始まる。"ああ無様だ 人間という動物さ ああ会いたいな ゆうやけほろほろ"とやや大上段に構えながらも恋に落ちる心模様が抒情的に歌われる。

私生活での時の移り変わりに想いを馳せるMC後に始めた、引っ越しの歌「ガタガタ」はディレイをかけたカズ―を吹き鳴らして終わる。仲間が集う吉祥寺の行きつけの飲み屋を歌った「NHRB(ネオハチハウス・ロイヤルビアガーデン)」では"妖怪の絵を描いた缶ビールで乾杯をする"との歌詞が心に残る。確かに麒麟は妖怪だ。トーキングブルーズのように歌われる「バティークータのプリズムレディオ」はぜひともバンドでやって欲しいと思うようなかっこ良さで、次第に熱を帯び、やがてアジ演説のようになったかと思えば次の瞬間には穏やかな歌になっているという静と動の躍動感に満ちている。

「メキシコ」は高音の歌声が優しく降り注ぎ、歌詞もかわいらしく素敵だ。第1部の締めはタバコジュースのサードアルバムに入っている「ヘッドフォンゴースト」。いつ聴いても何度聴いても胸が締め付けられる歌だ。


20分ほどの休憩時間。


【第2部】 20:45〜21:45
2部は「レッツダンス」という曲をソロで歌い上げた後、セッションタイムに突入。

ひとり目のゲストは若手ロックバンドandymoriのギターボーカル小山田壮平。

彼が来るまでみんなで歌おうかと「オー・シャンゼリゼ」の前奏を松本が鳴らし始めたところに小山田が登場。楽曲自体は好きだけど、歌詞を覚えていないと告げる小山田だが、大丈夫大丈夫Aメロは歌うからサビ歌ってねと松本は意に介さず、この歌詞がホントに好きでねといいながら始めてしまう。そんな松本は歌のピークで、"あ、歌詞間違えた"と曲を止めていたけれど、実に楽しそうに歌うものだから客席もつられて一緒に口ずさむ。

よく聴いているアンディモリの曲で、好きな1曲なんだと松本は小山田に語りかけ、彼も気を良くしたところに、"YouTubeでだけど"と同じミュージシャン仲間にずいぶんなぶっちゃっけをして小山田の顔を微妙に固まらせてから、事前のリハーサルもなしにいきなり始まったのが、昨年リリースされたアンディモリのサードアルバム『革命』に収録の「投げKISSをあげるよ」。

最後の1曲はBen E. Kingの「Stand By Me」のカバー。映画の主題歌にもなり誰もが知っているヒット曲で、ごまかしの利かない曲となるが、ふたりは自分の歌声で新しい色を付け、原曲の枯れた良さではなく、あの映画に宿っていた若さをそのまま封じ込める仕上がりになった。アコギをかきむしる松本とブルーズハープを吹き鳴らす終盤も盛り上がった。ライブでも音源でも数多くカバーされているが、この日のふたりのパフォーマンスは強く印象に残るものとなりそうだ。

アンディモリ自体は昨年の早稲田祭で一度見ている。が、あまりに拙いステージに失望し、また傑作だったセカンドアルバムに続くサードがはっきり失速と分かる期待外れな作品で落胆させられたわけだけど、この日の小山田は張りのある歌声にシャープな動きで、音楽を奏でたくてうずうずしている若者というとても好印象なものだった。何か特別なことをしているわけではないのに魅せる所作には華やかさすら感じられ、そうなるとあのライブはなんだったのだろうと思えてくる。

次のゲストは休止中のタバコジュースのギター・大久保秀孝。まずはバーカウンターにカンパリソーダを注文。セッティングにしばし時間をかけ、実にタバコジュースらしい時間が作られていく。"はやく〜"とふざける松本に、"俺はいつもとしまさを待っていたんだよ"と返すやりとりがいい。披露されたのは未音源の「意味のない朝食」に、3回目で入りを成功させた「僕のペガサス」。

他のメンバーが音楽活動を積極的に進める中、大久保は音楽とは関係ない工芸などのワークショップを開催し、ギターを置いてしまっている印象を受ける。が、彼のギターの音色を実際に聴くとやはりギターリストとしての才能に強く惹きつけられる。松本の歌声を殺さず引き立たせ、なおかつ自分も生きるカラフルな音を出す。慣れ親しんだ曲を演奏しているということもあるのだろうが、その才能を眠らせたままにするのはもったいない。

"実はラップができる友達が来てるんです"との紹介で登場したのは生音ヒップホップバンドSUIKAのATOM!

「ダイバー」というサビしかできていない曲のAメロを彼に全て任せるという無茶振りをして、ラッパーを交えたセッションが急遽始まる。曲のイメージは"何か潜っていく感じ"と最初に断ってはいたが、アトムのフリースタイル・ラップはいきなり空高く飛び上がる。てっきり水中に潜っていくことを連想させる言葉が紡がれるものと思っていたのでどうなるのかと戸惑うも、その後急降下し始めた。

ラップが面白いのはやはり即興性の高さだ。初めて聴いた音とテーマでも、その場で一瞬で新しい曲を作り上げる。ラップヴァースから松本の"ダイバーダイバー"と歌われるサビに入る瞬間の流れるような美しさはこの日咲いた素敵な魔法のひとつだ。アトムはラップ慣れしていない客が多いと判断したのか、ワッツアップなどのいかにもヒップホップらしい言葉を多用していたのも面白い。

本編の最後を飾るのはタバコジュース時代の名曲「ガーベラ」。この曲を生み出したバンドが一時でも歩みを止めることは日本のロック/ポップス史の損失なのではないかと大げさかもしれないけれど考えてしまう。


アコールを求める拍手が鳴り出す前に、"アンコール(の拍手)ないんですけどやっていいですか"と松本が大久保を従えてもう1曲始めた。「パーティーブルース」のメロディに乗せて、"こんな夜があってもいいよね 広がっていく 何が広がる ふさふさナイト☆ ふさふさって何?"といった歌詞が即興で歌われる。"ぶっ壊せ"のフレーズが気に入ったのか何度も連呼し、やや物騒な曲になりながらも最後にはふさふさな曲調に着地させ、来場を感謝し、コール&レスポンス・タイムもあり、でも"ぼろぼろのスカイツリー 放射能に負けない新しい体を持つ子供たち"なんていう鋭い感性がえぐり取る言葉も交えつつ、お馴染みの"あそぼーぜたのしもーぜ"が飛び出したところで、そのまま「パーティーブルース」の1番に突入した。

下記のセットリストは松本のブログを参考にしたもので、最後のアンコール曲は「パーティーブルースふさふさバージョン」と名付けられている。"ふさふさ"の名前を冠した10分弱もある長い曲を聴いても、結局"ふさふさ"が何なのか分からずじまいなのだけど、でもきっとあの優しくほわほわして、時に熱い空間をひと言で表す言葉なのだろう。どうにも"もふもふ"といい間違えてしまうのだけど。



松本敏将のソロライブを見たのはこれで二度目だ。一度目は昨年11月末に祖師ケ谷大蔵のカフェで行われたライブだった。その時はハモンドオルガン奏者のゲストという形だったために、ギターの大久保秀孝とのセッションがありつつも、バンド時代の曲とカバー曲(岡村ちゃんの「イケナイコトカイ」を歌っていた)の披露だったので、ソロ曲を聴けなかったわけだが、今回はワンマンということで、ソロをたっぷり聴けて満足だった。

ただ、ソロとはいってもどうしてもタバコジュースだったらどうなるのだろうと思いながら見ていたのも事実で、バンドとして演奏した時に面白くなるかどうかが楽しむ基準になっていたのは否めない。「ゆうやけほろほろ」や「ガタガタ」といった曲には、素の彼らしさが詰まっているように思えたが、楽曲としてのまとまり、特にポップスとしてどうなのかといえば、まだまだ粗削りだった。バンドメンバーがこのメロディを受け取り、曲としてアレンジも含めて練り上げていき、その先にあるひと皮むけた姿を見たいと思った。

一方で、「バティークータのプリズムレディオ」や「メキシコ」などはすでにタバコジュースらしさがあり、曲として完成されている。バンドがどう鳴らすのかもイメージできた。いつまでもバンドの幻影を追い求めるファンはうっとうしいものだが、やはり心に響くのだから仕方ない。記事を書くにあたり、検索をかけたら松本の以前のブログ記事に歌詞の一部が掲載されていたので、「バティークータのプリズムレディオ」はタバコジュースの曲として披露されていたのかもしれない。「メキシコ」も同じようにバンドの曲だったようだ。セットリストをライブ毎に公表していたドラムの脇山広介のブログにその曲名がある。分かってしまえばな〜んだという感じではあるが、しかしレコーディングされなかった楽曲はどれぐらいあるのだろう。もったいない話だ。

とはいえ、楽しかったのは事実だ。すごく良いライブだった。タバコジュースは活動休止中だけど、3人が音を出し続けていることが何より嬉しいし、松本が変わらぬ声で「ガーベラ」や「ヘッドフォンゴースト」を歌っていることに、いつの日かまた・・・との希望を持てた。意外なゲストの登場というサプライズは嬉しいものだ。アンディモリを見直すことができたし、アトムのラップまで聴けた。彼はまたこの場所でやりたいと口にしていたし、次があることを心の底から願っている。



第1部
1.Lugu Lugu Kan Ibi
2.ダニー・ボーイ
3.ゆうやけほろほろ
4.ガタガタ
5.NHRB(ネオハチハウス・ロイヤルビアガーデン)
6.バティークータのプリズムレディオ
7.メキシコ
8.ヘッドフォンゴースト

第2部
9.レッツダンス
10.オー・シャンゼリゼ
11.みら with 小山田壮平(andymori)
12.投げKISSをあげるよ with 小山田壮平
13.Stand By Me with 小山田壮平
14.意味のない朝食 with 大久保秀孝(tobaccojuice)
14.僕のペガサス with大久保秀孝
15.ダイバー with 大久保秀孝 & ATOM(SUIKA)
16.ガーベラ with 大久保秀孝

アンコール
17.パーティーブルースふさふさバージョン with 大久保秀孝
2012.01.22 Sunday 23:59 | 音楽 | comments(0) | trackbacks(0)
悪魔を見た / 악마를 보았다

66点/100点満点中

2010年の韓国産バイオレンススリラー。主演は今やハリウッドにも進出したイ・ビョンホンと、『オールド・ボーイ』、『親切なクムジャさん』の信頼と実績のチェ・ミンシク。脚本は『生き残るための3つの取引』のパク・フンジョン。

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国家情報員捜査官スヒョンの婚約者ジュヨンのバラバラ死体が発見される。スヒョンはジュヨンの父で重犯罪課の刑事だったチャンから容疑者の資料を入手し、犯人がギョンチョルであることを突き止める。彼を見つけ出すや、徹底的に叩きのめすスヒョン。しかし、とどめを刺すことなく、追跡用のGPSカプセルを飲み込ませるとそのまま解放。ギョンチョルが新たな凶行に及ぼうとするたび、スヒョンは先回りして容赦のない制裁を加えていく。
************************************

韓国お得意の復讐劇に特化され、過激なほど暴力シーンもあり、大好物なはずなのにどうにも乗り切れない。ひとつには連続殺人鬼ギョンチョルの殺人に走る理由があいまいなことだ。犯すわけでも食すわけでも着るわけでも楽しむわけでもなく、ただ無感動に殺していくだけに見える。彼を良く知る別の殺人鬼の話では殺す前に凌辱しているようだが、その描写はほぼなく、目当ての女性とのファーストコンタクトの段階ですでに相手を鈍器でメッタ殴りにし、ズタボロの状態であり、いざ行為も何もないように思える。が、性癖は人それぞれなのでまあ色々あるのだろう。

映画の中の話となると、動機がはっきり映されないためにギョンチョルはただ義務であるかのように殺していくだけに見える。そうなるとそこにあるのは恐怖ではなく、恐怖に見せようとしている作り手の怠慢さだ。鈍器でどれだけ殴りつけようが、ギロチンをあてがおうが、怖さを生み出すための演出にしか見えない。

一方、韓国のクライムアクションの定番、復讐にひた走るイ・ビョンホン演じるスヒョンは、自分の婚約者を殺し、残酷にもバラバラにして放置したギョンチョルを映画序盤で早々に見つけ出し、半殺しの目に合わせる。そして逃がしてやり、再び追い詰め恐怖を与えていく。市井に生きる悪魔が真の悪魔に目を付けられたのだ。その常軌を逸したスヒョンの復讐劇に対し、共感がなどといいだしても端から仕方のないことで、それよりも彼もまた悪魔でありながら最後まで超然とした表情を保ち続けるのが不満だ。このジャンルでの韓国の一級品と比較すると、彼がギョンチョルと共に奈落に堕ち、共に泥の中を這い、のた打ち回る姿を見たい。ハリウッドにまで進出している国際的なスターがやることとではないのだろう。

自分は恐怖を感じないとうそぶくギョンチョルに対し、どのような手段を取り彼に本当の恐ろしさを味わわせ罰するのかがクライマックスとなる。本作はわざわざ自らハードルを上げにかかる。それまでも数々の暴力描写がある中で、それ以上の残忍な方法が必要とされるわけだけど、スヒョンが選んだ最後の一手は、ギョンチョルが顧みずに過去に捨てた人たちを利用するものであり、彼の死の知らせを一瞬でも喜んだ人たちである点も考えると、本作は最後のハードルを飛び越えられていない。

韓国のクライムサスペンスは海外でも評価が高い状況を鑑みて、それでは人気俳優を起用し、暴力がいいならそれを徹底的に描けば、より評価を得られるのではないかという魂胆が透けて見えないでもない作品。
2012.01.21 Saturday 23:58 | 映画 | comments(0) | trackbacks(0)
フォロウィング / Following

65点/100点満点中

クリストファー・ノーラン監督が製作・監督・脚本・編集・撮影の5役をこなした1998年の長編デビュー作。白黒映画。サスペンス。製作費6000ドル。

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作家志望のビルは、創作のヒントを得られればと通りすがりの人々の尾行を日課にしている。ある日、そのことがコッブと名乗る男にばれてしまう。一方でコッブもまた他人のアパートに不法侵入し、私生活を覗き見る行為に取りつかれていた。ビルはコッブと行動を共にすることに。数日後、ふたりで侵入したアパートで見た写真の女性にビルは興味を抱き、彼女の尾行を始めるが、その日を境に彼は思わぬ事件に巻き込まれていく。
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数分前の記憶を忘れてしまうという記憶障害の男を主人公に、その最愛の妻を殺した犯人を追うサスペンス『メメント』のヒットを受けて、その翌月となる2001年12月にようやく日本でも公開された作品。時系列を逆向きにしたのが『メメント』ならば、本作は時系列をバラバラにし再構築される。

その緻密に組み上げられたパズルは複雑怪奇で、まさに主人公ビルが巧みに張られた罠に絡め取られるがごとくに、見ている側もノーランの仕掛けた迷宮をさまようことになる。が、種明かしをされても爽快感はなく、本作が『メメント』の原型であり、公開されている最新作『インセプション』にも通じる入り組んだプロットはもともと持っている彼の特性なんだと確認できる、という以上の感想は持てない。
2012.01.20 Friday 23:59 | 映画 | comments(0) | trackbacks(0)
ブルーバレンタイン / Blue Valentine

86点/100点満点中

2010年の恋愛映画。監督は長編映画2作目となるデレク・シアンフランス。主演は「ミッキー・マウス・クラブ」上がり(同期にジャスティン・ティンバーレイクがいる)のライアン・ゴズリングと、先程『マリリン 7日間の恋』でゴールデン・グローブ賞主演女優賞を受賞したばかりのミシェル・ウィリアムズ。ふたりは本作でもゴールデン・グローブ賞の候補になっていた。製作費100万ドル。

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結婚7年目の夫婦・ディーンとシンディ。愛し合い結ばれたふたりだったが、かわいいひとり娘フランキーがいながらもふたりの間には深い溝が口を開けていた。努力の末に資格を取り、看護師として忙しく働くシンディにとって、朝からビールを開け、才能がありながらもペンキ塗りの仕事に甘んじている夫が歯がゆくてならない。一方のディーンは幸せな家族がありながら、それ以上に多くを求めようとする妻を理解できないでいる。互いに不満と苛立ちばかりを募らせている状況を修復しようと、ディーンはシンディを郊外のラブホテルへと誘うのだが・・・。
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とてもシンプルな物語だ。回想シーンの入り方の巧さが際立つが、無粋に時系列に並べてしまえば描かれているのは男女の出会いから別れまでの一本道だ。どこにでも転がっているラブストーリーであり、要約だけを聞けば、あまりにありふれすぎているためにそんな話を映画にして面白いのかと聞き返すかもしれない。反対に自分の色恋沙汰の方が面白いといい張る人もいるだろう。それぐらいに平凡な男女の話だ。

若い男女がふとした拍子に出会い、運命を感じ、理由を付けて会いに行く。障害も立ちはだかるが、若いふたりは頓着もせずあっさり乗り越え、指輪とキスを交わし、神から祝福され生涯の愛を誓い合う。そして7年の月日が過ぎ、ふたりの間にはもはや隠しようもない膿がうず高く積み重なっている。男は希望にすがり、女は別れをいち早く決断し翻すことをしない。

そんな物語を面白く見せるのだからすごい。ひとつにはディーンを演じるゴズリングとシンディ役のウィリアムズの演技力だ。交互に映し出される現在と7年前。顎鬚を生やしているだとか前髪が後退しているだとか、あるいは髪の脱色を疎かになっているなど、分かりやすい外見的なことだけではない。過去のふたりは若々しく輝き、可能性に満ちた未来だけを見つめる瞳がある。かたや現在のふたりは7年分の生活の疲れを両肩に降り積もらせている。特にウィリアムズは同一人物かと思うほどに変貌を遂げている。

出会いから結婚までとそれから7年後の別れの日が描かれるわけで、その間に流れる月日が欠落している。そこを補うのが過去のシーンで繊細に肉付けされていくディーンとシンディの人物設定だ。それらがあるからこそ7年後の別れを残念な気持ちを持ちながらも意外に思うことなく受け入れることができる。

監督の演出のこだわりもふたりの自然な演技を引き出している。ディーンの元に秘密を抱えたシンディがやって来て、ブルックリン橋の上でやりとりするシーンの撮影秘話が以前テレビで紹介されていたのを思い出す。監督はふたりに全く異なる指示を与えたそうだ。ディーンには何が何でもシンディから秘密を訊き出せと、一方の彼女には意地でもそれを伏せたままでいろと。その結果があの過激なシーンになった。低予算映画であり、スタントマンが用意されているはずもなく、演じた本人たちも苦笑いをしていた覚えがある。自然な寝起きの表情を撮るために実際に眠らせたなんてエピソードも話していたと記憶している。

撮影上の工夫だけではなく、長年付き合っている関係だからこそのリアルな描写が端々ににじみ出ているのも面白い。ラブホテルで一緒にシャワーを浴びながらも何も進展しないシーンはふたりの長い歳月と現状を巧みに表現していると思う。付き合いの長いカップルならば誰でも経験することだけど、そういったことはロマンティックさが信条の恋愛映画に描かれることは少ない。とても生々しく、良いシーンだ。


シンディを演じたミシェル・ウィリアムズはその出演作を見ると、数作鑑賞していることになるが、記憶にない。2005年の『ブロークバック・マウンテン』で共演したヒース・レジャーと婚約していたことがあり、2008年に若くして亡くなった彼にはひとり娘(公式には・・・。今後色々出てくるかもしれないけれど)がいたのは知っていたが、彼女との間の子供だったことを今回初めて知った。彼と破局した後にはスパイク・ジョーンズ監督とも交際していたようだ。
2012.01.18 Wednesday 23:58 | 映画 | comments(0) | trackbacks(0)
ペルシャ猫を誰も知らない / کسی از گربه های ایرانی خبر نداره

78点/100点満点中

クルド人監督バフマン・ゴバディによる2009年のイラン映画。青春ドラマ。第62回カンヌ国際映画祭ある視点部門で特別賞受賞。

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イランの首都テヘランで暮らすインディロック好きのミュージシャンカップル・アシュカンとベガル。無許可で演奏したかどで逮捕されたことから、イランでの活動に見切りをつけ、ふたりは出国を決意する。違法パスポートを手配すべく、音楽のためなら何でも協力するという便利屋ナデルに助けを求める。ところが、ふたりの才能に惚れ込んだナデルは、出国前に当局の許可を取り付け、念願だったコンサートを実現させてやると約束。ふたりはバンドメンバーを探すべく、地下活動を続けているミュージシャンたちを訪ねて回るのだが・・・。
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音楽と青春ものの相性は鉄板であり、この映画の成功も約束されたようなものだが、舞台がイランということで多分に政治性を帯びてくることになる。イランとロックといえば、1979年のイスラーム革命時に思春期を迎えたイラン人女性の自伝的アニメーション映画『ペルセポリス』を思い出すが、最近は一昨年のジャスミン革命に端を発する"アラブの春"に関連してイスラム文化を伝える教養番組が増え、遠く離れたこの日本でも以前よりはその実情が伝えられるようになってきてはいる。西洋文明の強い影響下にある私たちには、止むことのない悲惨な自爆テロやないがしろにされているように映る女性の権利、あるいは単純にお酒が飲めない点など宗教が持つ影響力に驚くことしきりなわけだが2。

ただ本作のテーマに強い政治性があるかというとそんなことはない。制作された動機だったり、経緯を知るに現体制への強い不満があるのは明らかだが、実在の人物や場所、時を基にしている登場人物たちは一様に政治的関心よりもただ単に自分の好きな音を鳴らしたいという思いの強さで動いている。音楽的な試行錯誤でもなく、音楽への純粋性に集中され、アシュカンとベガル、ナデルの3人はテヘランの様々なミュージシャンに会うことになる。

出演しているミュージシャンたちのほとんどが本物だそうだ。テヘランを拠点に活動するオルタナティブロック、ヘビーメタル、ジャズ、ブルーズ、ギターの弾き語り、ヒップホップ、クラブミュージック、もちろんアラブの伝統的な音楽まで意図的に様々なジャンルから選ばれ、表現の自由への厳しい弾圧はあるものの、イランにも確かな音楽が根付いていることを見せている。

物語はややもするとミュージックビデオ的な描写に流れ、主人公のふたりが物語の中でどの位置まで来ているのか説明不足となり、見ている方がテヘランの複雑に入り組んだ路地の中で迷子になってしまう。まあ、制約の厳しいイランで活動する音楽家の純粋さが映し出されいれば、それで十分な映画ではあるのだけど、折角ドラマのある物語なわけで、流れをきちんと押さえた作りでも良かったのではないかとも思う。


本作はゲリラ撮影で制作された。ゴバディ監督の前作が検閲を受けたり、別の映画企画の撮影許可が下りなかったことなどから、本作を当局の許可を得ないまま敢行し、完成後イランを出国することになった。主演のふたりもまた撮影終了の4時間後にはイランを離れ、現在はロンドンで音楽活動を始めているとのこと。

また、映画情報サイト「シネマトゥデイ」のニュース記事では、日本公開に際して宣伝のために来日しようと、パスポートの再発行を在外イラン大使館・領事館に依頼したところ、"イランに戻らなければ発行しない"と告げられたために来日中止という事態になったと伝えている。監督は、"今の私がイランに戻るということは、刑務所に入れられるか、二度とイランの外へ出られないかを意味しています。そのために今回は残念ですが、日本へ行くことを諦めなくてはいけませんでした"と説明している。現在はイラクのクルド人自治区に滞在しているそうだ。
2012.01.17 Tuesday 23:58 | 映画 | comments(0) | trackbacks(0)
イディオッツ / The Idiots

45点/100点満点中

1996年『奇跡の海』でカンヌ国際映画祭審査員特別賞を、2000年には『ダンサー・イン・ザ・ダーク』で同映画祭の最高賞パルムドールを受賞したデンマーク人監督ラース・フォン・トリアーがその間の1998年に制作した作品。『奇跡の海』、『ダンサー・イン・ザ・ダーク』と合わせて、過酷な状況の中でも純粋な心を保ち続ける女性を主人公にする"黄金の心三部作"だという。

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カレンは立ち寄ったレストランで奇妙な一団に出会う。口からよだれを垂らし、わけのわからない事を叫ぶ人々。レストランから追い出されそうになる彼らをかばうカレンだが、これはすべて知的障碍者をまねたデモンストレーションだった・・・。
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ほんの一部の作品しか見ていないのに断言するのもはばかられるが、ラース・フォン・トリアーは偉大な監督のひとりだ。『ダンサー・イン・ザ・ダーク』を見終えた時に突き落とされた穴の深みは10年以上経った今でもよく覚えている。『ドッグヴィル』は正直よく理解できなかったが、見る価値はあった。昨年公開された『アンチクライスト』の衝撃たるやそれはもうすごいものだった。来月公開の新作『メランコリア』も予告編を見る限り幻想的であり、また見たこともない地平に連れて行ってくれるものと期待している。

偉大であると同時にひどく挑発的な監督でもある。挑発的だからこそ偉大ともいえるが、先の『アンチクライスト』では先行上映したカンヌでの記者会見冒頭で、"この映画を作った自己弁護と釈明をしてください"と詰問されている。新作を引っさげた2011年のカンヌでも"アドルフ・ヒトラーに理解を示す発言"をしたことで、映画祭からの追放処分を受けている。

笑えるエピソードもあれば、眉をひそめる発言もある。ヒトラーについては『メランコリア』と前後の発言を調べてから判断したいところだが、それでもまあ本作を見る限り監督の本質は観客がそれまで後生大事に守り育ててきた価値観を揺さぶるところにあるのだと思う。

映画でも小説でも、あるいは音楽でもいいのだけど共感をひとつの価値基準に評価する人がいる。私にはそれがよく分からなくて、まあ普段から見ているものが道徳的なドラマや恋愛ものではなく、人を殺したり殺されたりする作品が多いということもあり、登場人物に共感を抱くかどうかはとても些末的なことに思えるのだ。ただ、小さい頃に教え込まれた倫理観を揺るがす表現だったり物語には嫌悪にも近い感情を持たざるを得ない。もちろん人殺し映画好きがどうこういう程度の倫理観ではあるのだけど、本作は私のなけなしの良識を鋭く突いてくる。

主人公の中年女性カレンは少し高級なレストランでランチをしていたところ、知的障碍者の一団と遭遇する。たまには外食でもしようというのか若い女性を引率者に彼らも食事をしている。やがて飽き始めたのか大声を出し他のテーブルにも手を伸ばそうとする。他の客に迷惑がかかるということで店側は彼らを追い出す。気になるカレンもまた一緒に出ることになるが、タクシーに乗り込んだ彼らは実はレストランでの行いは振りだと彼女に明かす。

男女数名から成り立つその集団は知的障碍者である振りをして一軒家で暮らす。カレンも加わったその生活が描写されるのと並行して、何が行われていたのか後に検証するという体裁のインタビューが差し挟まれる。またトリアー監督が中心となって進められた映画運動"ドグマ95"のルールに従って作られているので、自然光の下、揺れる手持ちカメラで撮影され、時にカメラマンまで映り込んだりしている実験的な作品でもある。

そのドグマ95という撮影法についてはともかくとして、描かれている知的障碍者の振りに付いていけない。リーダー格のストファーは"愚者(イディオッツ)を演じることを正当化できない"としながらも、専用の駐車スペースに停め、クリスマスの飾りつけを訪問販売し一般市民を騙し、健常者の欺瞞を糾弾する。その一方で本当の障碍者が現れた時に彼は戸惑いを露わにする。

映画という虚構の中の表現であると分かっていても、最低限これだけはしてはいけないという自分の中の良識と真っ向から激突し、激しい忌避感がこみあげてくる。共感などという価値基準は持たないが、もっと深いところにある感情が揺さぶられる。これを描く意味がどこにあるのだろうかと。なりたくてなったわけではない彼らを敢えて真似する意味は何なのかと。やがて彼らは、そもそも崇高な理念などあったわけではないが、親の強靭な愛情を前に詭弁を通すことができず、やがて内部崩壊していく。

このまま117分と長く、何度眠りかけたか分からない映画も終わるのだなと思いかけた最後の最後で、カレンがその集団に加わった理由が明かされ、"内なる愚者"にすがろうとする。絶望感から来るある種の逃避は彼女が彼女であり続けるために必要な行いであり、"あれはゲームだった"と語る彼らとはその切実さは大きく異なる。そしてラストシーンではオープニングでスザンヌがストファーたちをレストランから連れ出したのと同じように、カレンをスザンヌが外に導く。相似ではあるが、抱えているものの深さに思い馳せた時に、当初の嫌悪感とは違う感情で振りをするカレンを見ることになる。

だからといって映画の中のカレンたちや制作したトリアー監督の行いが正当化されるのかといえば、やはり疑問ではあるが、それでも強固に根付いている感情を一瞬で不安にさせた監督の手腕はすごいと思わざるを得ない。



<ドグマ95についてウィキペディアを参考に>
1995年、ラース・フォン・トリアーらによって始められたデンマークの映画運動。"純潔の誓い"と呼ばれる10個の重要なルールに従い、制作される。

1.撮影はすべてロケーション撮影によること。スタジオのセット撮影を禁じる。
2.映像と関係のないところで作られた音(効果音など)をのせてはならない。
3.カメラは必ず手持ちによること。
4.映画はカラーであること。照明効果は禁止。
5.光学合成やフィルターを禁止する。
6.表面的なアクションは許されない(殺人、武器の使用などは起きてはならない)。
7.時間的、地理的な乖離は許されない(つまり今、ここで起こっていることしか描いてはいけない。
  回想シーンなどの禁止である)。
8.ジャンル映画を禁止する。
9.最終的なフォーマットは35mmフィルムであること。
10.監督の名前はスタッフロールなどにクレジットしてはいけない。

"純潔の誓い"全部を守られなければドグマ映画として認定されないというわけではなく、ドグマ作品第2弾となった本作ではBGMが使われている。またトリアー自身がこの手法を取り入れた作品は『イディオッツ』のみ。この撮影法で制作された映画は2008年までに世界で270作を数えるという。
2012.01.14 Saturday 23:59 | 映画 | comments(0) | trackbacks(0)
Shing02、DJ A-1&CANDLE@恵比寿wenod

日本語ラップファンが絶大な信頼を寄せているCD屋が東京・恵比寿にある。JR恵比寿駅西口を出て2〜3分歩けば着く雑居ビルの2階にある本当に小さな店wenodだ。そのウィノッドの実店舗が2月中旬に閉店となり、これからは通信販売専門になるとのニュースが衝撃をもってネットを駆け巡ったのが前日の1月13日だった。確かにクリックで購入することが多くなっているが、それでも時々は足を伸ばしてタワレコに置いていない自主流通音源を実際に手に取って眺められる貴重な場であり、そうやって出会えたアーティストたちも数多くいるのでさびしい限りだが、経営を今後も継続させるためには仕方のない決断なのだろう。

そうなると閉まる前に一度ぐらい行っておかないととなるわけだが、恵比寿という街は渋谷の隣にありながら、何か用がない限り訪れない所だ。でも具合の良いことに翌日の14日土曜日にShing02による恒例といってもいいインストアライブが以前から告知されていたことを思い出した。ライブ中のMCで、閉店すると知り彼が急遽組んだイベントだったと知るわけだけど、何はともあれおそらく最後となるであろうウィノッド詣でに行ってきた。


混み合うことを見越して開始予定時刻より30分早く着くとすでに20人ほどの客がいた。レジカウンターをDJブースに、DJ SARASAが回している。シンゴ2がこの日のために用意した特典音源をそそくさと設置されているパソコンからUSBメモリにダウンロードし準備万端となったところで、15分早くCANDLEのライブでイベントが始まった。狭い店内はすでに人でぱんぱんだ。


【CANDLE】 14:46〜15:06

バックDJはDJ A-1。店内ライブということで客が目の前まで迫る圧迫された状況でも臆することなく落ち着いて自分のスタイルを貫いたパフォーマンスをしていた。昨年発表のセカンドアルバム『月見草子』からの5曲が披露され、1曲目の「魅惑のくだもの」だけはレゲエ風味のトラックが差し替えられていたが、他はEVISBEATSの音がそのまま使われていた。

彼は感情をそのまま言葉にするのではなく、持ち味の豊富な語彙を十二分に生かし、かなり技巧を凝らすタイプだ。「蝋燭讃歌」や「本音サルベージ」では思いを込めてラップしているのが伝わるし、内容が汲み取れなくても(聴き取れないという意味ではない)ラップ単体で十分楽しめるライブをしている。それが彼の味なのだと理解はできる。が、凝った表現でありながら同時にテーマがより如実に伝わるリリックになったならもっと楽しめるのにとは思ってしまう。

最後の「もっと満たして!!」は彼のもうひとつの一面である、鋭い皮肉を利かしたリリックで、こういったラップだとライブでも内容にほくそ笑みながら楽しめる。

1.魅惑のくだもの
2.銀の燭台
3.蝋燭讃歌
4.本音サルベージ
5.もっと満たして!!


キャンドルのライブが始まる直前には十分客が詰め込まれていたのだけど、パフォーマンス中にもまだまだ入ってきて、次のシンゴ2がマイクを握る頃にはカウンターの後ろにある窓が熱気で曇り始めていた。彼も途中のMCで"ウィノッドサウナにようこそ"と冗談をいっていたほど。でも冬場で良かった。一昨年夏に見た彼のライブは今回ほどの混み具合ではなかったものの、熱さで本当に蒸し風呂状態になったのだから。


【Shing02 + DJ A-1】 15:06〜15:51

1曲目からいきなりの新曲。蛇がくねくね踊り出しそうな中近東っぽいフレーズが使われた英詩曲。直後のMCで、昨年彼がエジプトに訪れた際に録音した曲とのこと。現在制作中の『FOR THE TYME BEING Part3』に収録されるそうだ。また、春には昨年ニューヨークでレコーディングしたアルバムをリリースする予定とのこと。2曲目の「誉」は先月公式HPから無料配信されたレゲエバージョンの「誉 (Spinmaster Backyard Remix)」でパフォーマンス。リミックスはもちろんスピンマスターDJ A-1の手によるものだ。

"今日は各地でデモやってますけど、ここが俺たちのデモだと思っています。本当は場所なんて関係ないと思うし、自分の心の中で毎日デモンストレーションすることが生きることであり、ヒップホップやウィノッドで俺たちが学んでいることなんだと思う"

そのレゲエの流れで「My Nation」へ。数年前に一度聴いたことがあるだけでライブで披露されるのは珍しいように思うが、社会情勢を考えると必然の選曲なのだろう。終わりにフックを意訳していた。

"ひとりの心 ひとりの人間がひとりの国家であるぐらいに自分の国の元首となり自分の人生のリーダーとなれば 誰のルールにも従わなく生きることが本当の人間の姿である"

続いて大好きな「Black Is Beautiful」。ライブで聴くのは初めてかも。この日は英詩曲で攻めていた。「My Nation」や「Ameri」ではずいぶんビートに乗りにくそうにしていた印象だが、全て英詩の曲を違和感なく聴かせてしまうのは、彼が単にバイリンガルだからというだけではなく、ビート選びから立ち振る舞いでのスター性までリリック以外でも魅せる点が多いからだろう。

衝撃の告白がシンゴ2の口からなされた。ウィノッドの窓ガラスに張られ、明るい店内での数々のインストアライブでアーティストや観客を勇気づけてきた張り紙"ウィノッド皆で首振れば怖くない あこりゃこりゃ"が実は開店当時にシンゴ2が書いたものなのだという。

ウィノッドを支えた3人のスタッフに敬意を表し、披露されたのが「F.I.L.O.」。最後にはDJ A-1の小気味のよいスクラッチが轟いた。彼はただのバックDJで収まるのではなく、隙あらば音でその存在を証明しようとする。もちろんラップを邪魔するのではなく、楽曲をより盛り上げるための演出だ。彼がプレイする時は主役がふたりになったようで楽しいわけだけど、たいていのライブDJは大人しい印象があるから、米国西海岸で鍛えられたという経歴から来るものなのだろう。

"恒例のLuv(sic)タイム"とMCして始まったのがパート1から4までの1ヴァース+フックで繋いでいく「Luv(sic)」メドレー。、今年はNujabesビートでパート5と6を発表できるかもしれないとのこと。パート3の前には、2010年に若くして亡くなったビートボクサーが最期までこの曲が一番好きだったといってくれたとの思い出を語り、その彼とヌジャベスに捧げた。2010年4月に発表された生演奏バージョンの「Luv(sic) Part3 Jeff Resurreccion Mix」(DL先)は曲名にもあるように彼に捧げられている。(彼の家をサプライズで訪れる動画→YouTube

アメリという女性に向けて書いた手紙という体裁で、アメリカへの想いを込めたと語っていた「Ameri」(DL先)に続き、レゲエバージョンの「殴雨」。最後はフックの"ヨンヒャク!"を"ウィノッド!"に変えた「400」で締めた。ウィノッド実店舗での最後の曲には悲しみではなくこれからの経営を勇気づける熱さがあった。彼はカウンターに乗り、その長身を折り曲げ、観客の頭上からウィノッドという単語を織り交ぜたフックで鼓舞し続けた。曲の終わりにはダイブまで飛び出した。

1.Tomorow May Come feat. Shing02 / Rush
2.誉 (Spinmaster Backyard Remix)
3.My Nation
4.Black Is Beautiful
5.Battle Cry feat. Shing02 / Nujabes
6.F.I.L.O. feat. Shing02 / Nujabes
7.Luv(sic) part 1 feat. Shing02 / Nujabes
8.Luv(sic) part 2 feat. Shing02 / Nujabes
9.Luv(sic) part 3 feat. Shing02 / Nujabes
10.Luv(sic) part 4 feat. Shing02 / Nujabes
11.Ameri
12.殴雨
13.400 wenod ver.



【挨拶】 15:51〜15:55

締めはウィノッド代表・伊藤氏が挨拶。2001年5月からスタートしたウィノッドは開店当初からシンゴ2と関わりを持ち、支えられ続けたという。窓ガラスの標語だけではなく、店のロゴもシンゴ2の手によるもので、インストアライブはもちろん一日店長なんてことも行っていたそうだ。"我ながらよくやったと思います"と10年半の歴史を振り返り、"今後ともサポートよろしくお願いします。今日はありがとうございました"と締めた。


実店舗を閉店しオンライン一本でやっていくという話は今では珍しいことではなく、ヒップホップ専門店でもD.Oが主宰するBOOT STREETが昨年夏に渋谷の店舗を閉めている。CD不況が叫ばれると同時にクリックひとつで商品を購入することが一般化している趨勢では当然の選択なのかもしれない。

正直書けば、いくつかあるオンラインショップで買う際に、ウィノッドを選ぶのはそこだけの特典音源の有り無しが理由だったりするわけだが、ウィノッドの最大の功績はそこにあるのではなく、やはり無名のアーティストが自宅で焼いたCD-Rと国産ヒップホップの好事家たちを繋ぐ架け橋としての役割にあり、名もなきミュージシャンを育て、大きく羽ばたかせるところにこそウィノッドの最大の魅力があるのだと思う。

だからどのような形になるにせよ、若き作り手に門戸を開いたショップであり続けて欲しい。不可思議/wonderboyが初作『不可思議奇譚demo.ep』を半年で10枚売った時のことをブログに書いている。PSGのPUNPEEも今回のニュースを知り、Twitterで呟いていた。"wenodは自分のCD(カトマイラ君との三十路の投げキッス)が初めておかれた場所だし(略)初めて行った時はメテオ君のLIVE音源がおいてあって「何でもありだなこの店」って思った記憶があるす"。

シンゴ2がライブ中に再三に渡り繰り返していたように、ウィノッドは全面撤退するわけではなく、通販の形で存続するわけだ。インストアライブという楽しみの場がもうないことは本当に残念だけど、これからも魅力的なアーティストを発掘していくだろうし、ウィノッドにしか置いてないのに売り切れてやがるという嬉しいのかむかつくのか分からない事態もやっぱりあるのだろう。それに全国の日本語ラップファンにとってはリアル店舗があろうがなかろうが、これまで通りという一面もあるわけだ。3枚買ったら"スモールパック350"の適用なしかよとぶつくさいいながらクリックし続けるのだろう。


2012.01.14 Saturday 23:58 | 音楽 | comments(3) | trackbacks(0)
生き残るための3つの取引 / 부당거래

72点/100点満点中

2010年の韓国クライムサスペンス。脚本は『悪魔を見た』のパク・フンジョン。

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大統領も関心を寄せる少女連続殺人事件の捜査に躍起になる警察は有力容疑者を追い詰めたものの、誤って射殺してしまう。隠蔽を決断した警察上層部は、学歴がないために出世コースを外れていた敏腕刑事チェ・チョルギに昇進をちらつかせ、犯人のでっち上げるを命じる。悩んだ末に、チョルギはチンピラから成り上がった建設会社社長チャン・ソックに協力を頼む。しかし、チョルギの不正に感づいたチュ・ヤン検事が彼を追いつめていく。
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物語が非常に入り組んでいる。学歴というコネがないために、優秀でありながらも出世できない刑事チョルギ。成り上がりの土建屋ソック。ソウルの不動産業を束ねるキム会長と癒着の関係にあるヤン検事。物語の軸がいくつもあり、そこにメンツや利権、不正が複雑に絡み合い、二転三転どころではないドラマは最後の最後までもつれ合いながらゴールを目指す。

最後に湧き上がるカタルシスがとてつもないなら、それまでの120分弱の分かりにくい物語も許せそうなものだが、持てる者が勝つから嫌だという矮小な感想からではなく、複雑なドラマを見せておきながら、そんなあっさりしたオチなんのかという拍子抜け具合にがっかりさせられる。もう少し高揚した気持ちにさせる何かが欲しい。

そもそもチョルギ刑事がヤン検事を前に膝を屈したことにドラマとして疑問を覚える。日本以上に学歴社会の韓国で検事にまでなるということは一介の刑事との間に絶対的な格差があるのは理解できるし、権力を笠にきた不当弾圧ぶりには韓国人にこそリアリティを覚えるのかもしれない。が、韓国クライムものとしてはそれすらも突き抜けた圧倒的な黒い情念の噴出が見たい。そういう意味ではソック社長の成り上がりっぷりは素晴らしい。虎視眈々と相手の喉笛を噛み切る機会をうかがう表情は最高だ。

先日の『哀しき獣』に刑事役で出演していたチョン・マンシクが本作にもヤン検事のお調子者な部下として登場している。
2012.01.12 Thursday 23:58 | 映画 | comments(0) | trackbacks(0)
OGRE YOU ASSHOLE『homely』

2011年8月24日リリースの4枚目のアルバム。
/5点中

発売当初から話題になっていて聴きたいとは思っていたのだけど、結局年を越してしまった。とはいうもののオウガ・ユー・アスホールは4年も前のセカンドミニアルバム『しらないあいずしらせる子』以来となるわけで、ずいぶんと遠ざかっていたことになる。その間に彼らはメジャーデビューを果し(2009年)、その後郷里の長野にスタジオを作り(2010年)、現在もそこを拠点に活動しているとのこと。本作の制作中にベースの平出が脱退し、ほとんどの曲でギターの馬淵がベースを弾くことになった。レコーディングスタッフには引き続き、ゆらゆら帝国のプロデューサーだった石原洋とエンジニアの中村宗一郎が携わっている。

評判通りにひと皮むけた良盤だ。メジャーからの初のフルアルバムとなった前作『フォグランプ』では言葉を飾ればそれまでの集大成的な作品といえるが、裏を返せば行き詰まり感を漂わせるものだった。しかし、翌2010年に発表されたミニアルバム『浮かれている人』で、シンセやストリングス、コーラスなどを導入し、彼らの特徴となるツインギターの単音弾きの絡まりによる疾走感とは異なる方向性を打ち出してみせた。そこで生み出した音の心地良さを突き詰めたのが本作となる。

今作では彼らのギターのもうひとつの特徴であるクリアトーンの音色だけではなく、ひずんだ音を取り入れ、コードストロークまである。また、サックスやフルート、タンバリンの導入、さらに意表を突かれるのは女性によるリーディングで、『フォグランプ』以前のオウガ・ユー・アスホールでは考えられない音の変化を見せている。音の進化と共に、歌のメロディは穏やかになり、それにつれて以前の甲高くも癖のある歌い方が影を消した。

本作を最初に聴いた時に衝撃だったのはドラムのリズムだ。ロックバンドとしてはタメを利かしたビートを取り入れている。それが音の心地よさに繋がっているのだと思う。その横のノリを土台とし、その上に素朴なフレーズを反復するベースが温かみを加え、適材適所でさまざまな楽器を積み上げていく。6分台の曲が3曲もあるが、そこで得られる音のたおやかな気持ち良さには、ひょっとしたら歌メロすらもういらないのではと思わせる。それほどまでに楽器の演奏だけで十分魅力的な仕上がりになっているのだ。

音はずいぶんと変化を遂げているが、歌詞の難解さは変わらない。そういった歌詞には"文学的"との決まり文句が当てられるが、ギターボーカル出戸学の言葉は文学的とも違うかなり独善的な表現だ。"てにをは"が気になるところが多々あり、安易な押韻も多い。狂人観察記録のようだった初期の怖さはなくなったものの、曲のテーマすらも謎めいたままで終わるのが大半だ。

ただ、それでもこの見事な音の構築の前ではどのような言葉が発せられようと関係ない。反対に安直な恋愛曲になるよりは不可解ないろどりで塗り上げられる楽曲の方が具合が良く、ひたすら気持ちの良い音の上でまどろんでいられるというものだ。こうなるとますます次の手がどうなるのか楽しみでもある。制約というくびきから解き放たれ目指した先は、売れ線などの絶望的な方向ではなく、音楽的な成長に結びつける果実が生る荒野といってもいい未踏の地だ。果たして彼らにどれほどの資質が備わっているのか。ずいぶんときつい旅路にはなるだろうが、欲深くなる一方の聴き手としては彼らがどんな素晴らしい収穫をしてくるのか興味深い。
2012.01.10 Tuesday 23:59 | 音楽 | comments(0) | trackbacks(0)
哀しき獣 / 黄海(황해)

86点/100点満点中

2008年に『チェイサー』でデビューしたナ・ホンジン監督の2作目(本国公開は2010年暮れ。遅いよ)。クライムサスペンス。『チェイサー』同様脚本も担当。主演は前作に続きハ・ジョンウとキム・ユンソク。2012年公開作品。

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北朝鮮とロシアに接する中国領"延辺(えんぺん)朝鮮族自治州"。貧しい同地で暮らすタクシー運転手グナムは、妻が韓国に出稼ぎに行き、彼も娘を母親に預け、仕事に励む日々を送る。しかし、韓国行きの費用や賭け麻雀の負けを返済できず、また韓国の妻との連絡も取れなくなり窮しているところに、裏社会の顔役ミョンからある取引を持ちかけられる。韓国で男を殺害してくれば、借金を棒引きにするという。グナムは密航船で黄海を渡り、韓国への密入国を果たすが・・・。
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過激な暴力描写が持ち味の韓国クライムアクションは秀逸な作品の宝庫だ。『オールド・ボーイ』や『殺人の追憶』ぐらいはかなり話題にもなり見ていたが、このジャンルは劇場でこそ見る価値があるという思いを強くしたのはまさにホンジン監督の前作『チェイサー』だった。

デビュー作となる前作はレオナルド・ディカプリオ主演でハリウッドリメイク(続報を聞かないけれど)が決まるほど世界規模で評判が高かったわけで、その壁を超えるのは至難の業かと思いきや、力技でまたぎ越した印象を本作に抱く。鑑賞した作品の内容を覚えられないので備忘録としてブログを書き続けているわけで、『チェイサー』の筋を詳細に思い出せるはずもなく、本作を見終えてからグナムを演じるハ・ジョンウが前作の連続殺人犯で、それを追うデリヘル店長が自治州のボス・ミョン役のキム・ユンソクだと知る体たらくだ。おとなりの国なのに顔を覚えるのも正直難しい。唯一、オッ見たことあると分かったのが、『息もできない』で主人公の兄貴分役だったチョン・マンシクが韓国作品の常で全く使えない刑事のひとりとして登場している。なんだか嬉しい。

そんなわけで細部はあいまいだが、それでも『チェイサー』がスロースターターだったのは記憶にある。一度爆発すると、そこからの加速はすごくて圧倒されたのだ。それと同じことが本作でも起きる。序盤の延辺朝鮮族自治州での細かい描写は確かに主人公グナムに厚みを持たせる意味はあるが、少々まどろっこしい。韓国に舞台を移してからも停滞は続く。

しかし、殺害の証となる部位を切り落とす残酷なシーンから本作の本当の姿が立ち現れる。イーサン・ハントよりもしぶといのではないかと思わせるグナムは警官に追われ、闇社会に追われ、前作よりも製作費が潤沢なことを証明するようにふんだんに車を破壊し、逃げ回る。チェイスシーンが派手になっているが、もちろんナイフやナタ、鈍器を使った暴力描写は健在だ。これこそ韓国映画と思わせる、ねばりつく血の質感もむわっとする臭いもふんだんに用意されている。

映画が加速し出すと同時にそれまではグナム1本だった物語に、ミョンの思惑が絡み、一方でグナムが受けた請負殺人と同時期に計画されていた殺人の黒幕が姿を現し、物語は複雑さを増していく。また、序盤でのじっくりと映していた描写が嘘のように、数度まばたきしている間にグナムは見張り場所を見つけ、狙っている男を発見し、次のシーンではボコボコにしたその男を車のトランクに詰め、アジトへの拉致を成功させてしまう。グナムの手際の良さはもちろんのこと作品としての編集のスピーディさにも目を見張る。

結局のところあまりに身勝手で愚かしい真相が明らかにされはするわけだけど、140分の上映時間の最後に行き着くまでに相当に入り組んだ狭路をホンジン監督は前作以上に必死に走り抜け、正直ついていくのは難しいのだけど、それでも役者たちの怪演や激しいカーアクション、凄惨を極める大立ち回りがあり、最後まで飽きさせることなくスクリーンに釘付けにさせる。すごい。
2012.01.09 Monday 23:59 | 映画 | comments(0) | trackbacks(0)
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