すばらしくてNICE CHOICE

暇な時に、
本・音楽・漫画・映画の
勝手な感想を書いていきます。
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2021.02.10 Wednesday | - | - | -
垣根涼介『狛犬ジョンの軌跡』

読了。
☆☆/5点中

この人も久し振りか。まあ、たいていがひさしぶりなのだけど。2000年にサントリーミステリー大賞読者賞を受賞しデビューして以降はノワール小説で売っていたが、『君たちに明日はない』で山本周五郎賞を受賞したからはそのユーモア小説から本作のように人間ドラマを描いてみたり、歴史小説にも手を出しているよう。

"個人事務所を構える建築士の太刀川要は、深夜のドライブ中に黒い大きな犬をはねてしまう。半死状態の彼を慌てて動物病院に運んだ甲斐あって黒犬は助かったが、同院に入院中の他の動物たちは激しく怯える。やがてジョンと名付け、自宅で飼い始めるが・・・。"

ひとつにジャンルにこだわらずに様々に手を出すことは悪いことではないし、だいたい書いている方だって同じネタばかりでは飽きるだろう。犬吠崎にある神社の狛犬があるきっかけで本当の犬として生き始め、偶然出会った建築士の男に買われる人間ドラマとなる。主人公太刀川の視点で主に書かれ、その章の最後に黒犬ジョンから見た人間たちの行いが描写される。ジョンはいわばツッコミ役だ。

著者と小説の登場人物はイコールではないが、もともと彼の小説は人物の口を借りて自分語りをする印象があったが、今回は特に濃厚な気がする。作者の生まれはまさに長崎県の諫早市とのこと。それはそれで構わないが、人のドラマを描きつつも最後に登場する警官が滔々と捜査状況を語り始め、本来この小説で描きたかったことはそっちではなく、それこそ帯にもあるように、"私は、いったい何者だろう"というジョンの疑問であり、同時に太刀川も自分自身でも考えていることだと思うが、それがおかしなところでディテールを詳細にしてしまい、終わりの数ページで分かったような分からないような観念的な言葉で短絡的にまとめてしまうことになる。もっと深く"自分"に踏み込めば読み応えあっただろう。設定はいいのだから。
2014.05.18 Sunday 23:58 | | comments(0) | trackbacks(0)
遠藤武文『トリック・シアター』、深町秋生『ダウン・バイ・ロー』、米沢穂信『氷菓』、岡崎琢磨『珈琲店タレーランの事件簿』、伊坂幸太郎『オーデュボンの祈り』
遠藤武文『トリック・シアター』

読了。
☆☆/5点中

2009年『プリズン・トリック』で第55回江戸川乱歩賞を受賞しデビューした作家の受賞後第1作。単行本は2010年刊行。

"2010年3月21日の同時刻、奈良と東京でふたりの人間が殺害された。容疑者は被害女性の夫であり、被害男性の大学時代のサークルの先輩・富樫長道。しかし、同一人物が500キロ離れた場所で同時殺人は可能なのか。警察庁「裏店」のキャリア警視正・我孫子弘が捜査の指揮をとることに。やがて、富樫が所属していた映画サークルの仲間4人も年は違うものの3月21日に事故/自殺で死亡していたことが明らかになる。"

もうだいぶ前のことなので内容は忘れてるけど、受賞作『プリズン・トリック』が面白かったので百円棚から拾ってきた。前作も刑務所内でのありえない殺人ということだったが、今回もいくつものありえないを解決していく。今回ほぼ名前だけで登場し、でもなかなか重要な役どころの戸田という男は『プリズン・トリック』の首謀者だったらしい。

無駄に飾ることをしない文章は基本的に読みやすく、我孫子のキャラ立ちもよく、すいすいとページがめくれていく。そしてお待ちかねクライマックスでの謎解きはミステリ的には素晴らしいのかもしれないが、だからどうしたと思うほど机上の空論でリアリティに乏しく、結局は電車本程度。シリーズになっているかは知らないが、我孫子と戸田の直接対決が行われるようだ。図書館にあったら暇つぶしで読むかも。

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遠藤武文
1966年、長野県生まれ、安曇野市在住。早稲田大学政治経済学部卒業。
2009年、『三十九条の過失』で第55回江戸川乱歩賞受賞。

2009年 『プリズン・トリック("三十九条の過失"改題)』(講談社)
     →講談社文庫
2010年 『トリック・シアター』(講談社)
     →講談社文庫
2011年 『パワードスーツ』(講談社)
2011年 『デッド・リミット』
2012年 『炎上 警視庁情報分析支援第二室〈裏店〉』(光文社)
2012年 『天命の扉』(角川書店)
     →角川文庫
2013年 『原罪』(祥伝社)
2014年 『龍の行方』(祥伝社)
******************************



深町秋生『ダウン・バイ・ロー』

読了。
☆☆/5点中

2004年の第3回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞しデビューした深町秋生が2012年に文庫書き下ろしとして発表したクライムサスペンス。

"大型ショッピングモールが進出し、貧困と荒廃がますます進む震災後の山形県南出羽市。女子高生・真崎響子がいつも小遣いをまき上げていた幼馴染の堀田遥が目の前で線路に飛び込む。猛烈なバッシングを受ける彼女だったが、小さな町では幼児の惨殺死体が発見され、さらに実力者の飼い犬が殺される怪事件が続く。"

現在3冊出ている「組織犯罪対策課八神瑛子」シリーズは好調のようで、発行部数が34万部を突破。今夏には米倉涼子主演でテレビドラマ化され、さらにはデビュー作『果てしなき渇き』が『告白』の中島哲也監督によって『渇き。』として映画となり同時期に公開予定だそうだ。

人気となっている八神瑛子シリーズは最初の2冊を読んだ限りでは、キャラ立ち優先で書かれた安易さが悪目立ちするもので、そっちに行くのかと残念に思える出来だったが、本作の前半は冷え込む地方経済と心まで凍てつく東北の情景を織り込み、地元の利を生かし真実味を持たせた雰囲気で嫌な気持ちにさせる彼の独特な良さが残っている。今時の女子高生が何だかんだいいながらも事件の解決に向かう展開も面白い。が、少年探偵団が現実の大人の暴力の前には屈せざるを得ないのは仕方ないにしても、謎の新聞記者が正体を明かしたぐらいから、サスペンスからアクションへと移行し、尻すぼみ感が否めない。だいたい自殺に走る動機が弱い。掴みのインパクトにしたいという理由以上のものをそこに見出せない。理屈的にも惨殺事件が起きたことでより後悔し、飛び込むといった方が自然に思える。これも結局は手軽に読める電車本。



米沢穂信『氷菓』

読了。
☆☆★/5点中

今年の第27回山本周五郎賞を『満願』で受賞した米澤穂信の2001年のデビュー作。第5回角川学園小説大賞ヤングミステリー&ホラー部門奨励賞を獲得したそう。青春ものが好きなはずなのに、なぜか読んでこなかった作家で、『犬はどこだ』『ボトルネック』『インシテミル』『儚い羊たちの祝宴』『春期限定いちごタルト事件』と数冊試してみたらモロ好みでどうして読まずにこられたのかと自分でも不思議になった。本作は古典部シリーズとして続巻され、今のところ5冊出てるそう。

"海外旅行中の姉から母校・神山高校に進学するなら古典部に入部しなさいと手紙をもらった折木奉太郎は、同じく入部希望者の千反田えるや、以前から交流があった福部里志、伊原摩耶花も入ることになり、いつのまにか密室になった教室やなぜか毎週必ず借り出される図書室の本、あるはずの文集をないと言い張る上級生、『氷菓』と名付けられた文集に秘められた33年前の真実など日常の謎を解いていく。"

少し時代を感じさせる文章や言葉の選択、箱庭的世界観など気になる点は多いが、登場人物のキャラ立ちの良さで読ませる。千反田えるの失踪した伯父の謎を縦糸にして展開させる連作短編形式になっているのも読みやすい。"氷菓"の名前の由来やそう題せざるを得なかった心境などは読み解けなかったが、ただヒップホップグループSoul Screamを好きなだけにたいした驚きはなかった。



岡崎琢磨『珈琲店タレーランの事件簿 - また会えたなら、あなたの淹れた珈琲を』

読了。
☆/5点中

2011年の第10回『このミステリーがすごい!』大賞で最終選考まで残ったものの受賞には至らず、その後加筆修正され"隠し玉"として2012年に発表されたデビュー作。帯によると60万部を突破し、シリーズにもなり3冊出ている。

"京都でひっそりと店を構える珈琲店タレーラン。恋人と喧嘩したアオヤマは偶然入ったこの店で、長年追い求めていた理想の味と出会う。女性バリスタ切間美星と親しくなるうちに、持ち込まれる日常の謎を鮮やかに解き明かす彼女に惹かれていく。"

文章が非常に苛立つ。音楽CD同様に、今の時代に書籍で60万部もいくというのは相当な人気作なわけだけど、この文章でよくいったなと思う。馬鹿丁寧な言葉使いで行う会話なら、そういうキャラクター設定なのだと諦めもするが、たいした内容でもないのに地の文までその手の長々とした文章になっていて疲れる。確かに改行だらけでページ数を稼いでるとしか思えない小説が横行しているのもどうかと思うが、言葉を多く詰め込んでも空虚なだけの文章ではげんなりさせられるだけだ。

それでも内容が良ければいいだろうと我慢に我慢を重ねて読み進めたところ、サッカー少年の話はなるほど悪くない。連作短編の全体を通して叙述トリックになっているのもうまいとは思う。デビュー作だから文章がこなれていないのは仕方ないが、しかし何がヒットするか分からない世界だ。



伊坂幸太郎『オーデュボンの祈り』

読了。
☆☆☆/5点中

伊坂幸太郎の処女作。本作で2000年第5回新潮ミステリー倶楽部賞を受賞し作家デビューとなる。最近は新作も読めていないのでアレなのだけど、好きな作家だったのになぜか本作だけは読み逃していてようやく読めた。

"コンビニ強盗に失敗した伊藤は目覚めると見知らぬ島にいた。そこは宮城県・牡鹿半島をずっと南にいったところに浮かぶ、江戸以来外界から遮断された荻島だという。嘘しかつけない画家や、殺人が許された男・桜、ビッグな女性ウサギと、妙な人間ばかりが暮らすその島の住人に頼りにされている未来が見えて人の言葉まで話せるカカシが殺される事件が発生する。"

会話文でのセンスの良さに以前から村上春樹っぽさがあったが、このデビュー作では全体からもらしさが横溢していて興味深い。でも内容自体は以降の作品と比べてもミステリー度が高いし、しかもメタ探偵小説の様相でもあり、今のエンタメな路線とはまた違った意欲作になっているのは面白い。ここから読み始めた方が良かったと後悔している。


左:John James Audubon "Billing Passenger Pigeons"
右:リョコウバトの大量虐殺。このHPから。



恩田陸『ロミオとロミオは永遠に』

読了。
☆★/5点中

これもずっと気になっていたけれど、読めていなかった2002年発表の恩田陸作品。作家デビュー10周年記念作でもあったそうだ。

"日本人だけが地球に居残り、膨大な化学物質や産業廃棄物の処理に従事する近未来。エリート層への近道は大東京学園の卒業総代になることだった。苛酷な入学試験レースをくぐり抜けたアキラとシゲルを待ち受けていたのは、前世紀サブカルチャーの歪んだ遺物と閉ざされた未来への絶望が支配するキャンパス。学園からの脱走に命を燃やす新宿クラスと接触したアキラは、学園のさらなる秘密を目の当たりにする。"

ネタとしては面白いのだけど、文章がライトノベルをかなり意識しているようで、人物が記号でしかなく、恩田らしい読み応えに欠ける。オチは良い。
2014.05.12 Monday 23:59 | | comments(0) | trackbacks(0)
レイモンド・チャンドラー『大いなる眠り』
レイモンド・チャンドラー『大いなる眠り』
村上春樹 訳


もちろんチャンドラーは以前の訳本でさすがに読んでるわけだけど、でも長編作だけだった。『大いなる眠り』『さらば愛しき女よ』『高い窓』『湖中の女』『かわいい女』『長いお別れ』『プレイバック』。当時は今よりミステリ中心に翻訳本を読んでいたが、その硬い訳に結構四苦八苦した覚えがある。短編集は全く歯が立たなかった。それと正直いえばあまり面白くもなかった。それよりも彼やダシール・ハメットが生み出したハードボイルドからまんま影響を受けた原遼やそれこそコミカルに寄ってはいるが樋口有介の方がずっと楽しんで読めた。で、村上春樹が訳したならまた別の印象を抱くかなと思って手に取ってみたけれど、全体の印象としては大きくは変わらない。もしかしたらハードボイルド好きなんて自認する資格はないのかもしれない。

1888年犯罪都市シカゴで生まれた(当時がどうだったのかは知らないが)彼は、1900年12歳の時にイギリスに引っ越し高校まで進む。その後は英国海軍やジャーナリストの仕事を転々とし、1912年に米国に戻ってからも仕事を渡り歩き、第一次世界大戦勃発と共に従軍。終戦後の1922年、石油会社に"簿記係兼監査役"として就職し、副社長まで出世するも1932年アルコール問題、度重なる欠勤、女性従業員との不倫で解雇され、世界恐慌の真っただ中に放り出され、推理小説を書き始めたそうだ。それが46歳。パルプマガジンと称される低俗雑誌に短編が採用されていき、1939年51歳の時に初めての長編小説として本書が出版される。

ロサンゼルスの私立探偵フィリップ・マーロウ。33歳。以前は地方検事の"捜査員の仕事"をしていたことがある。街の名士でかなりの高齢のガイ・スターンウッド将軍から依頼を受ける。彼には長女ヴィヴィアンと次女カーメンとふたりの娘がいて、ヴィヴィアンの夫で元酒密売業者だったラスティー・リーガンは謎の失踪を遂げている。将軍からの依頼は奔放なカーメンがA.G.ガイガーと名乗る男から脅れていて処理して欲しいというものだった。

ガイガーのバックにいる街の顔役のひとり、エディー・マーズやおこぼれを預かろうとする小物とやりとしながら、いくつかの死体を見つけ銃弾に襲われ、マーロウは自分の脚でロスの暗がりを歩き、事件の真相に近づいていく。お馴染みの展開だ。以前の訳より情景が見えやすくなったのは助かる。残り数ページでベールに覆われていた秘密が一気に晴れるのは本作が"推理"に焦点が置かれた物語だからではなく、マーロウを描く物語だからだ。そこがハードボイルドを好きな理由ではあるが、でもまあ少し唖然とさせられるのも事実。
2014.05.12 Monday 23:58 | | comments(0) | trackbacks(0)
マーク・トウェイン『トム・ソーヤーの冒険』『ハックルベリ・フィンの冒険』
マーク・トウェイン『トム・ソーヤーの冒険』
土屋京子 訳/光文社古典新訳文庫


名作と呼ばれる小説なのでさすがに小学校時分に読んではいるのだろうが、内容を覚えているはずはなかった。映画『それでも夜は明ける』を鑑賞して以来この時代の黒人奴隷制度を芸術作品はどう表現していたのかが知りたくなり、文学ではやはり『ハックルベリ・フィンの冒険』だろうと思ったわけだけど、でもシリーズでいえばその前作にあたる本作もこの際だから押さえておこうと手に取ったら、これがかなり面白い。記憶では翻訳文ということもあったのか、結構辛かった印象だけがあった。改めて読んでみると、新訳が功を奏しているのかもしれないが、少年の冒険譚にいまさながら胸を高鳴らせて読み進めることができたのだ。

著者のマーク・トウェインは1835年ミズーリ州のフロリダで生を受け、4歳の時にミシシッピ川に面した同州のハンニバルに引っ越し、そこで少年時代を過ごす。印刷工、兄の新聞の手伝いを経て、1857年22歳の時にミシシッピ川の水先案内人となる。ペンネームの"Mark Twain"は、"水深12フィート(約3メートル半)"を意味する。蒸気船がこの水深までは安全に航行できることを表す船舶用語"by the mark, twain"に由来するそうだ。1861年南北戦争が勃発し、彼は西部に移り、当時盛り上がっていたゴールドラッシュにも手を出すがうまくいかず、ジャーナリストに転身する。1867年に欧州旅行をし、その旅行記『旅人トウェインのアメリカ』がベストセラーとなり文筆業で成功する。本作を上梓するのは1876年、彼が41歳の時だ。

"序"に舞台は今から30〜40年前とある。所はミシシッピ川流域のミズーリ州セント・ピーターズバーグ。モデルはもちろんトウェインが育ったハンニバルで、登場する建物や島、洞窟は今も残っているそうだ。いたずら好きで目立ちたがり屋、腕白で集中力はないものの機転が利く我らがトム・ソーヤーは友達の、とはいっても町の腫れ物的存在でもあるハックルベリ・フィンらとごっこ遊びに興じ、家出を企て町中の人々にあの子らは死んだと悲しませ、殺しの現場を見たり、一丁前にガールフレンドがいたり、その子と洞窟の奥深くにさまよい迷ってしまったりと、とにかくハイテンションな悪ガキだ。

トムは黒人奴隷に対し自然な差別意識を持っている。それはこの時代に南部で生まれ育った白人として当然といえば当然なのだろう程度の極めて自然なものだ。それ以上に、あとがきでも指摘されているが、ネイティブアメリカンへの偏見が小説全体で色濃く、興味深い。

トムやハックルベリの行動を見ていると、とにかく迷信を信じていて面白い。でもそれは私だって子供の頃横断歩道の白い部分だけを歩くだとか、オリジナルのまじないを唱えたら赤信号がすぐに青に変わると信じていたことを思い出して、100年ちょっと経っても子供の精神構造なんてそう大きく変わるわけではないのだなと思ったりして愉快でもある。



マーク・トウェイン『トウェイン完訳コレクション ハックルベリ・フィンの冒険』
大久保博 訳/角川文庫


『トム・ソーヤーの冒険』の9年後となる1885年に発表された本書は、文豪アーネスト・ヘミングウェイによると、"あらゆる現代アメリカ文学はマーク・トウェインの『ハックルベリー・フィン』と呼ばれる一冊に由来する"偉大な小説だそうだ。同時に当時生きていた南部の人間の感情や言葉遣いをそのまま使っているためNワードが222回も出てくることなどもあり、米国の教育の現場では今も扱いが分かれているそうだ

『トム・ソーヤーの冒険』の正統な続編となる。前作でトムとハックルベリは巨額の金貨を手にしたはいいが、ハックのロクデナシな父がそのことを知り、息子の金をせしめようと彼を軟禁してしまう。そこからの脱出を図るハックと逃亡奴隷ジムが共にミシシッピ川を筏で自由州イリノイを目指そうとする。黒人と白人の子供の組み合わせということで、夜の間しか移動できないが、やがてふたりのいかさま師と出会ったり、いがみ合う良家の抗争に巻き込まれたりと大変な旅が続く。

その中でハックは常に黒人ジムへの複雑な感情に囚われ、時に翻弄される。トムのようには明快に割り切れないハックのその素直さを通して、当時南部の人が本書をどのように思ったのかまでは知らないが、どれほどNワードが使われ、黒人への無慈悲な差別が描かれていようと、ここから読み取れるのはそうした感情や意識とは全く逆のものだ。

前作のような楽しく愉快な冒険譚ではなく、少年たちの話でありながら"文学"に行き着いてしまってはいるが、それだけにずっしりと読みごたえがある。クライマックスでのトムの登場は賛否あるらしいのもよく分かる。彼は出しゃばりだから仕方ないのだけど、ちょっと活躍し過ぎている。
2014.05.12 Monday 23:57 | | comments(0) | trackbacks(0)
スティーヴン・キング『1922』

読了。
☆☆☆/5点中

本国では『Full Dark, No Stars』の題名で2010年11月に上梓された中篇集。日本では1月に出された本作と4月の『ビッグ・ドライバー』の2冊に分冊されての発表となる。

表題の「1922」は、8年前の1922年に米国中西部ネブラスカ州で小規模農家を営むウィルフレッド・ジェイムズが当時14歳だった息子ヘンリーと共に妻を殺して、古井戸に捨てたという告白の手紙で始まる。キングらしい躍動感が乏しく、初めて見る翻訳家のせいなのかなとも疑いをかけたくなるが、まあ"文学"になりかかっている近年のキングの文章といえば確かにその通りだ。いやらしいネズミが多数登場し、次第に明らかになっていく状況など小説家として巧いことは事実なのだけど、キングに求めるのはそこではない。

"わたしの無精ひげが妻の顔に残った肉をこそげ落としていった。"

こういったケレン味あるどぎつい恐怖描写をもっと読みたいのだ。

もう1篇の「公正な取引」はクリス・ブラウンやリアーナまで登場させる実に軽快でブラックユーモアに溢れる短篇になっている。いつ破局が訪れるのだろうと心構えをしているのに、そうした定番を逸脱するあたりが心憎い。
2013.05.23 Thursday 23:57 | | comments(0) | trackbacks(0)
スティーヴン・キング『アンダー・ザ・ドーム 上下』

読了。
☆☆☆☆☆/5点中

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メイン州にある人口およそ二千人の小さな町チェスターズミル。十月のある朝、町は突如として透明の障壁に囲まれる。上方は高空に達し、下方は地下深くまで及ぶ障壁"ドーム"は、わずかな空気と水と電波を通すのみ。混乱は人心を惑わす。町を牛耳るビッグ・ジム・レニーは警察力を掌握し、恐怖政治を開始。町食堂の雇われコックにしてイラク帰りの元大尉バービーが大統領から直々に町の責任者に任命されるも・・・。
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本国アメリカでは2009年に発表され、日本では2011年4月に上梓された、二段組みの上巻下巻合わせて1400ページになる長篇。『ザ・スタンド』『It』に次ぐ3番目の長さだという。ずっしりとした読み応えがある。

キングの小説はたいてい面白いし、どれも好きだが、90年代以降の長篇は初期のそれと比べると見劣りするのも事実で、もちろん全部が全部ではないし、モダンホラーの冠を掲げていたころには書けなかった深みのある物語を生み出している。事実、どの作品もその時その時で楽しんできた。でも、本作での圧倒的な筆力が背中をグイグイと押してくるキングならではの読感は久し振りに味わうように思う。帯にある"徹夜の準備を"との宣伝文句もあながち誇大広告ではない。

著者のあとがきによれば、1976年に2週間かけて75ページほどを書き進めたところで、"尻尾を巻いて退散"した物語なのだという。ドームに囲まれた町が舞台ということで、そのドーム内の生態系や気象が及ぼす技術的な描写の困難さが理由だったという。1976年といえば、『呪われた町』と『シャイニング』の間だ。わけの分からない障壁に囲まれ、町が身動き取れなくなるという簡潔にして明快なアイデアはやはり初期の頃のものだからなのかもしれない。その発想を今の熟練した筆致で描写していけば、最高に面白い作品になるのも当然なわけで、まあここにきてこんな傑作を生み出してくるとは思いもしなかった。ファンで良かった。

物語の設定自体は、町単位と規模が大きくなっているものの、湖畔のスーパーが不気味な"霧"に覆われ、閉じ込められた人々が店舗内で"蠅の王"のごとく政治力のバランスに翻弄される短篇『霧』(フランク・ダラボンが監督脚本で映画化した『ミスト』はその原作のさらに上をいく傑作!)を思わせる(照れ隠しか作中で"キングの『霧』が云々"といったセリフや『蠅の王』への言及もある)。そうはいっても、閉鎖空間での人間模様というドラマはいつだって魅力的だし、キングの群像劇の腕は確かであり、憎たらしい悪役ビッグ・ジムの辣腕ぶりに歯ぎしりしながら、嬉々としてページをめくることになる(そして終盤にきて残りのページ数がわずかになると悲しみすら覚えるようになる)。

今回はメインの登場人物となるバービーことデイル・バーバラがキング作品では珍しく(初?)元軍人となる。しかも有能であり、主人公に力強さがあるのも強力なリーダビリティの要因だ。

一貫して描かれているのは力を持った者と持たざる者の物語であり、民主主義の原則とはいえ多数派が持つ圧力の怖さだったりする。これは911後だけではなく、ベトナム戦争などの戦時下にある国では当然のように加えられる同調圧力なのだろう。

これだけ大きな物語になるとどう畳むのかも大事だが、ラストシーンは『2001年宇宙の旅』のそれのような不思議な映像を文章から浮かび上がらせ、それはそれで決して悪印象とはならない。

キングは現在御年65歳。まだまだ若い。これからも素晴らしい作品を生み出し続けてほしい。本作を原作にアメリカでは6月からテレビドラマが始まる。日本でも早くDVD化して欲しいものだ。予告編を見るにいい感じに仕上がっている。


リーシーの物語』の記事でも恨みがましく書き連ねたが、本作は2冊の合計が5800円。キングともなれば、版権が高額だろうし、今回はページ数がべらぼうでもあり、仕方ないのは分かる。でも大衆小説に6000円近くかかるというのは何ともすごい話だ。庶民の味方・図書館は本当にありがたい。

訳者があとがきに書いていた"思わぬ人物がカメオ出演"については本人がネット上で種明かしをしてくれている。キング作品でお馴染みのキャラクターが出てきたのに読み逃してたか・・・と思ったが、そうではなくてちょっと安心。最近トム・クルーズが扮していた"アウトロー"な元軍人だった。
2013.05.14 Tuesday 23:58 | | comments(0) | trackbacks(0)
スティーヴン・キング『悪霊の島 上下』

読了。
☆☆☆/5点中

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不慮の事故で片腕を失った建設会社社長のエドガー・フリーマントル。フロリダの離れ小島デュマ・キーにひとり移り住む。波と貝殻の囁きを聴きながら静かに暮らすエドガーは、次第に絵を描く衝動にとりつかれる。彼の意思と関わりなく手が勝手に描き出す少女と船の連作とは・・・。
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建設業で成功を収めた主人公エドガー・フリーマントルが建設現場での事故により右腕を失う大事故に見舞われる。主治医に促され、気分が変わるならばと向かった先がフロリダの西海岸にあり、メキシコ湾に臨む"Duma Key(原題)"、つまりデュマ島となる。実はそこには邦題通りに"悪霊"がいて・・・となるわけだけど、物語の前半は片腕を失った男の苦悩や苦痛がこれでもかと描かれる。

著者スティーヴン・キング自身も1999年に交通事故で生死の境をさまよっているわけで、その時の経験が描写の執拗さに繋がっているのだろう。しかし、本書末尾に記された記録によると、2006年2月から2007年6月にかけて綴った作品とある。どうして今になってとも思う。それに訳者のあとがきによれば、事故直後の2001年の『ドリーム・キャッチャー』や2004年の『ダーク・タワーVI スザンナの歌』ですでに"自身の凄惨な記憶とむきあってきた"ともある。私も既読だが、本作ほどではなかったと記憶する。ここでは物語の勢いを殺してしまいかねないギリギリのバランスで事故の恐ろしさを描いているからだ。

一方、物語の後半は『リング』だ。封印からチロチロと漏れ出てきた悪霊は、デュマ島で暮らすある種の事故を負った人々に強い影響を及ぼし、自らの今一度の復活を画策する。エドガー、デュマの住人ワイアマン、そしてエドガーの身の回りの世話をする気の良い若者ジャックの3人が立ち向かうことになる。事故後にデュマに移り住んだことで手に入れたエドガーの能力はキングらしい分かりやすい超自然な能力であり、彼のいつもながらの圧倒的な筆力を堪能しながら後半の悪霊退治の物語を読み通せる。先に『リング』と指摘したのは、大ボスを閉じ込めていた場所がまさに貞子が落とされた井戸を彷彿とさせる点にもある。

しかし、相変わらず高額だ。原書で約600ページ(次作は1070ページだという!)、日本語版は上巻539ページ、下巻で479ページとなり、2冊の合計が4000円。しばらく保留にしていて結局図書館で借りて読むことにしたが、読了するのにひと月近くかかったわけで、4000円のものを一か月間楽しめたと考えれば、まあ悪くない買い物なのかなとは思った。
2013.04.22 Monday 23:58 | | comments(0) | trackbacks(0)
書籍(3月分)
東直己『旧友は春に帰る』

読了 2012.03.01
☆☆☆/5点中

シリーズ2作目が北海道出身の俳優大泉洋を主演に昨年映画化されたススキノ探偵シリーズの2009年に上梓された9作目。1作目の『探偵はバーにいる』に登場した高級コールガールの"モンロー"(当然覚えていない)が北海道に戻ってきて、四半世紀ぶりに主人公の"俺"に連絡をよこしてくるところから始まる。助けてくれとあるので、彼女の潜伏先の夕張に迎えに行くも、そのホテルはすでにヤクザたちに見張られていた。元自衛隊でゲイのアンジェラの助けを借り、なんとかススキノに戻ってこられるが・・・。

このシリーズはもはや物語自体を楽しむものというよりも作者の東と同一視しても良さそうな"俺"の言葉だったり思想、あるいは思い込み、偏見を愛でるためのものであるが、今回は帯で"渾身の傑作"と煽っているだけのことはある力作だ。かつてはススキノの街を肩で風を切って歩いていたモンローが年を取り、それでも過去の栄光にすがり、幸せな人生を送ることのできる可能性がありながらもそれができない哀しい性。それが語られるケラーのカウンターでの最後の余韻など最後まで楽しく読める。

恒例の登場人物たちの近況。"俺"は52歳に。前作と同じように携帯電話を嫌悪し、自宅の固定電話か公衆電話を利用。パソコンも自分のかネットカフェのを使う。松江華との付き合いは続いている。ひとり息子は北大を来年卒業予定で、友人の高田はミニFMでのDJを続け、ケラーもバーテンダーふたりも健在。"俺"より10歳年上のヤクザの桐原は62歳となり、相田の病状は変わらず。退職した警官・種谷とは飲み屋の甲田で時々会い内部情報を仕入れ、北海道日報の松尾(離婚した)も、人生研究所の濱谷も、聞潮庵のふたりのおばあちゃんも元気だ。ススキノの古株ポーター・アキラは2年前に引退し、今は立ち飲み屋の親父になっている。

ファンへの義理で今この馴染みのキャラクターが登場しているのだろうなと思う場面も確かにあるが、でも顔を見せないと読んでいる方もさびしい気分になるし、シリーズが長くなると仕方ないのだろう。

1982年にレコードデビューした札幌出身の歌手、佐々木好の「ドライブ」(YouTube)と「雪虫」(YouTube)。Third Ear Band「Mosaic」(YouTube)、The Pentangle「Cruel Sister」(YouTube)。どれも初めて聴いた。佐々木好が好きという人間が1960年代後半に登場した英国プログレバンド、サード・イアー・バンドの音を立て続けに聴いたという設定は、字面だけで読むと特になんとも思わないが、こうしてユーチューブで視聴してみると興味深い。

翡翠、麒麟、鳳凰についてはこっち


大石直紀『グラウンドキーパー狂詩曲(ラプソディー)』

読了 2012.03.04
☆☆/5点中

文学賞を受賞しデビュー作からベストセラーを放った作家がやがて鳴かず飛ばずとなり、恋人も離れ編集者からもちやほやされなくなり、失意の下郷里へと戻り、スポーツ公園管理事務所で働くことに。そこは公務員たちの天下り先であり、小さいながらも不祥事の温床でもあるが、同僚の片山や北村と共にもっと大きな巨悪をとっちめる話。日本ミステリー文学大賞新人賞を始めに他にもいくつかの賞に輝いている著者自身を反映させているわけではまさかないだろうけれど、最近は以前のような骨太の冒険小説ではなく、ノベライズ本中心に執筆しているようで色々あるんだろうなと思わせる感じではある。本書は携帯サイトで連載していたものに大幅に手を加えたものらしい。手軽に読めはするけれど、グッとは来ない。


道尾秀介『背の眼 上・下』

読了 2012.03.11
☆☆/5点中

2004年に第5回ホラーサスペンス大賞特別賞を受賞し、著者のデビュー作となった作品。1月読んだ『骸の爪』の前作に当たり、作家の道尾とその同窓生で今は霊現象探求所を営む真備が福島県の山間の村・白峠村で起きた児童失踪事件の謎を解く。

『骸の爪』では張り巡らせた伏線を一気に回収するという荒業に出ていたが、本書ではオーソドックスな怪奇ミステリーであり、しかも読み込んだ資料を盛り込みすぎて説明過多になりすぎの嫌いがある。デビュー作の熱やそれ故の構成のいびつさもある。


樋口有介『窓の外は向日葵の畑』

読了 2012.03.18
☆☆☆/5点中

東京・佃島で暮らす父と息子の親子が謎を解くミステリー。息子は高校生。3年前に亡くなった幼馴染の幽霊を見え話せる。一方、父親はかつては警察官で今はハードボイルド作家を目指すかたわら、おかしな名前の飲料水の販売で儲けている。

なぜ舞台が佃島かといえば、多分著者が数年前から手掛け始めた時代小説に出てくる土地にほど近く、書きやすかったからだろう。新しいといえば、ふたつの視点を盛り込んでいるのも樋口作品では初かもしれない。男子学生の息子と父親という中年男性からの視点。それが交互に描かれていく。それと幽霊が登場するも珍しい。視点についてはどちらも著者が得意とする年齢であり、大きな違和感はないものの、ひと粒で二度おいしいとならなかったのは残念。

夏の下町ということもあり、ヒロインの眼鏡っ子との青春要素を多めに加えながら、高校生視点一択で展開した方が良かったように思う。また、事件の真相のネタは確か初期作品にもあって、その時はリーダーとなる女子高生が自ら運営していた。今回はもう少し大がかりにさせているが、でもやはりかぶっている感じは否めない。


道尾秀介『ソロモンの犬』

読了 2012.03
☆☆/5点中

夏休みに自転車便のアルバイトに精を出す秋内は、その仕事中に、大学で教えを受けている助教授のひとり息子で知り合いでもある陽介少年が突然飼い犬に引きずられて通りに出てしまい、運が悪いことにやってきたトラックにひき殺される瞬間を見てしまう。その直前にちょうど向かいのファミリーレストランから出てきた学友でいつもグループを組んでいるひとり、京也がその事態を引き起こしたのではないかと疑うが・・・。

犬の習性が事件を解く鍵ということで、大学の動物生態学の間宮助教授が登場し、彼がホームズ役となり、解決させていくわけだけど、なかなか奇抜なキャラクターで1作だけの起用というのはもったいない気もする。

ただ、展開そのものはラストで二転三転させ魅せるものの、序盤からいかにも伏線ですよというヒモが見え見えな様子で垂れ下がっている文章にはさすが鼻白む。気になる箇所にはページの角を折り曲げ(ドッグイア)ながら読むために、読了後は本来の厚みよりもずいぶんと幅が出ていた。

巧みな伏線だろうと見え見えだろうと上手に回収されれば不満はない。『骸の爪』のごとくこれは一挙に回収型かな、映画でいえば『ユージュアル・サスペクツ』タイプかとワクワクしながら読み進めたら、小さな伏線をちびちびと小さく集め始め、爽快感などあろうはずもなく、ただ意味のない謎っぽさを作り出す文章の不自然さだけが際立ってしまっている。


樋口有介『刑事さん、さようなら』

読了 2011.03
☆☆☆/5点中

昨年2月に上梓された書下ろし作。前作に当たる『窓の外は向日葵の畑』と同様にふたつの視点で展開するミステリー。そのふたつとは埼玉県本庄市の刑事課所属の須貝と西川口の焼き肉店で働くヨシオで、交互に描かれていく、著者にしては珍しく硬派な印象を抱く警察小説でもある。樋口作品には欠かせない美女も登場するが、今回はいささか控えめな活躍だ。

正月早々に起きた介護苦による殺人、本庄署の警官の自殺、そして利根川河川敷に遺棄された身元不明の男の死。その事件を追う中で警察内の問題もまた深く関わってきて、なかなか読ませる展開だ。確かに佐々木譲の警察物に比べるとゆるさはあるが、警察社会で生きるために清濁併せ呑まざるを得ない男を自然に描き、おかしな潔癖さが排されているのは好感が持てる。

そして樋口作品でこのラストは想像していなかった。現実を描くとなるとこのラストしかないのだろう。
2012.03.31 Saturday 23:58 | | comments(0) | trackbacks(0)
書籍(2月分)
米澤穂信『儚い羊たちの祝宴』

読了 2012.02.07
☆☆☆☆/5点中

これは面白い。昨年ようやく米澤の『ボルトネック』と出会った3、青春ミステリが好物なのに今さらという感がぷんぷんするのだけど、今になってお宝を発見し読むことのできる作品がまだまだたんまりあるというのは幸せなことだ。ただ、シリーズ物が多いので、古本屋の百円棚を中心に渉猟している身には順番通りに入手できず積読状態が高くなりつつあるのが残念。

それはともかく本作は魅力的だ。お嬢様方が集う大学の読書サークル"バベルの会"がどこかしらに登場する連作短編集であり、切り口が少しずつ異なりながらも、どの1編も丁寧に紡がれた文章で伏線もしっかり張られ、こう来るのかというオチが待ち受ける。「玉野五十鈴の誉れ」と表題作が特に良い。


中山七里『おやすみラフマニノフ』

読了 2012.02.09
☆☆☆/5点中

2010年の第8回「このミステリーがすごい!」大賞で大賞に輝いた筆者の第2弾。1作目の『さよならドビュッシー』と同じようにピアニストの岬洋介が謎を解き明かす役を担う。前作はピアノ奏者を主人公にしたが、本作は音大に通うヴァイオリニスト視点となる。冒頭に前作の主人公がちらりと出てくるなど、同賞出身で一番大きくブレイクした医療ミステリ『チーム・バチスタの栄光』シリーズの前例に倣ったようだ。そういえば受賞作はどちらも黄色を基調にしていた。

音楽ミステリとなるが、まあ「チーム・バチスタ」シリーズもそうだけど、ミステリとしては弱く(推理小説を読んでいても犯人捜しをしないし、流れるままに読み進める私でも今回は序盤で犯人この人でしょと分かるほど)、学生たちが将来について悩む青春小説としての色合いが強い。文章自体はまだ不安定さを残すし、物語の作りもいささか不恰好な嫌いはあるものの、演奏シーンの熱い書き込みが帳消しにする。映画化も面白そうだ。


東山彰良『ライフ・ゴーズ・オン』

読了 2012.02.15
☆☆☆☆/5点中

『ジョニー・ザ・ラビット』以来読んでいなかったので、久し振りの東山作品。やっぱりこの人の書く文章は好きだ。本書と同じ出版社から上梓していた『ジョニー・ザ・ラビット』は、双葉社からの発表ということもあるのか、ウサギを主人公にしたユニークなハードボイルドで、実験的な設定でも面白く書けるものなんだなと感心していたが、その翌年に発表された本作はこれまでの真正ヴァイオレンス路線とは違い、真っ当な青春小説になっていてさらに驚かされた。しかも、ホールデン・コールフィールドの系譜に連なりそうな少年期から青年期にかけての思春期の懊悩を描いたものになっている。『ライ麦畑でつかまえて』を例えに出したけれど、実際に読んだのは20年も前の話でよく覚えていないし、その影響下にあるといわれる作品を読んだ時の印象との比較でしかなく、非常に危いが。

大田区平和島に生まれ育った少年・雅治は、すぐに暴力を振い、昼間から寝転がっている父親とお花畑が頭に広がる母親との間に生まれた3人兄妹の次男坊として、まるでゲトーのような環境の中を自分だけがまともだと自覚し、あるいはそう思い込ませながら成長していく。

何が良いとはっきり書けないのだけど、少年の目を通した景色はとてもクリアで、自分がその世界にはまり込んでいるような感覚すら抱く。決して幸せな話ではないし、厳しい環境でのサバイバルでもあり、この界隈で育ちたくはないなと思うが、そこで健気に生きる雅治から片時も離れなくないと思うほど魅力的な世界であることも事実で、最後のページが来ることが悲しかった。雅治に幸あれ。


伊坂幸太郎『オー!ファーザー』

読了 2012.02.25
☆☆/5点中

伊坂幸太郎といえば、00年代では一番ぐらいに好きな作家で出る作品のほとんどが当たりという驚異の打率を誇ったのだけど、最近はちょっと離れていて久し振りに読んだ。なのだけど、どうにもページをめくる手が遅い。端的にいえば面白くない。ユーモアあふれる会話文に、巧みな伏線が売りだったのにどれももたつく。帯にある"「えっ、これも伏線だったの?」と、すべてが繋がる技の冴え。"は本書に贈る言葉ではない。あとがきを読むと2006年3月から翌年12月まで新聞連載されたものを2010年に上梓したとのことで、時期的には面白いはずだし、ひとりの母親に4人の夫がいて、その高校生の息子を主人公に共同生活を送るという設定は悪くなく、キャラクターも立っているのに、最後まで物語が弾まなかった。
2012.02.29 Wednesday 23:58 | | comments(0) | trackbacks(0)
書籍(1月分)
樋口有介『11月そして12月』

読了 2012.01.03
☆☆/5点中

1995年発表。制覇したつもりになっていた樋口作品だけど、やはりいくつか読み落としがあって、百円棚から回収してきた。就職せずにカメラ片手に町をぶらぶら歩く主人公"僕"が風変わりな女の子と出会い、互いに少しずつ人生が変わっていく青春小説。題名にもあるようにわずかな期間を描いてこともあり、殺人事件を今か今かと待ち受けるも最後まで起こらず仕舞い。いつものハードボイルド口調のセリフが良くて、ついつい読んでしまう。


伊園旬『東京湾岸奪還プロジェクト ブレイクスルー・トライアル2』

読了 2012.01.07
☆☆/5点中

第5回「このミステリーがすごい!」大賞で大賞を受賞した『ブレイクスルー・トライアル』の第2弾。どんな警備システムでも突破する腕を持ってセキュリティのプロとして活躍する門脇と丹羽のコンビが、今回は人質に取られた丹羽のひとり娘を取り戻すべく、いわれたミッションをこなす。何も考えずに読みふけることのできるエンタメ小説。ただ、会話文に難があって、誰が誰に語りかけているのか分からなくなる。地の文ではキャラが立っているだけにもったいない。


石持浅海『ガーディアン』

読了 2012.01.12
☆/5点中

失敗作。解説によると、現実世界に"一点の飛躍"を持ち込んだ推理小説だという。その一点の飛躍が主人公を守る守護霊"ガーディアン"の存在で、さしづめ漫画のJOJOシリーズでいうところの"スタンド"になるわけだけど、その設定うんぬんは面白ければ一向に構わず、ミステリなのに卑怯だとかなんだとかはならないが、登場人物たちの行動を逐一書き込まれるのが煩わしい。それが物語の中でとても大事なことならば当然気にならないわけだけど、行間で読ませれば良いことまで仔細に描写しまるで実験小説の様相すら帯びる。


道尾秀介『骸の爪』

読了 2012.01.18
☆☆/5点中

ホラー作家の道尾をワトスンに、霊現象探究家の真備をホームズに据えたシリーズ物なのかな。福島の事件が・・・と何度が出てきたので、多分第2弾なのだと思う。深夜に千手観音を見ると笑っていたり、血を流す仏像が出てきたりなどややゴチックホラーな装いをしつつ、それまで綴られた全てのセリフや動作が謎解きに関連付けられるという映画『ユージュアル・サスペクツ』的な最後のオチは、その強引さに引っかかりは覚えるものの、見事というべきか。


熊谷達也『氷結の森』

読了 2012.01.22
☆☆☆/5点中

『相剋の森』に始まり、2作目の『邂逅の森』では山本周五郎賞と直木賞をダブル受賞したマタギ3部作の最後。日露戦争に従軍後、故郷を捨て北に流れていった秋田県阿仁出身のマタギの話。舞台はシベリア出兵前後の樺太、ロシアとなる。序盤でのしっかり資料を読み込んで当時の樺太の様子を甦らせた筆力は圧巻だが、中盤以降どうもメロドラマ化していく。やや残念なオチではあったけれど、気合の入った一冊ではある。ニヴフ(ニヴヒ)やウィルタといった民族がかつては樺太で暮らし、アイヌ同様に日本人に(ロシア人にも)虐げられた歴史があることを初めて知った。
2012.01.31 Tuesday 23:58 | | comments(0) | trackbacks(0)
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