2009年6月17日リリースの5枚目のアルバム。
Da.Me.RecordsのCEO・DARTHREIDERの1年ぶりの新作。ダメレコ関連を聴き始めたのは、彼のサードアルバム『
CHANGE YOUR WORLD』に強い衝撃を受けたからだ。音にロックを使いながらも声にファンク魂が宿り、グルーヴのあるフロウをきかすことで、完全にヒップホップとして成立させていた。当時の彼らの立ち位置が日本語ラップの中でどのようなものだったのか知らないが、少なくとも主流ではなかった。音質の悪い千円シリーズはかなり侮られていたと記憶している。
やがて彼が企画する日本語ラップ中心のイベントやMCバトルブームにうまく合わせたチーム制でのバトル大会の成功、またレーベル所属の若手ラッパーたちのメジャーへの浮上もあいまり、彼の発言力が強まり、同時に主流とまではいかないにしろ、一目置かれるようになる。
ダースレイダーのブログを読むと、東京だけではなく地方にもヒップホップの面白さを伝えようと懸命に取り組んでいるのが分かる。その頑張りは尊敬に値する。革命はひとりの先導者が唱えれば成し遂げられるものではなく、彼のように優秀で勤勉な人間がいてこそ成功するのだ。
それはともかく昨年の4枚目のアルバム『
俺ガレージ・ORGANization』はひとりで孤軍奮闘していた
3枚目とは違い、ダメレコメンバーが集結し、音的にはタイトル通りにオルガンに焦点が当てられ、ファンキーさの強化が図られたものだった。オルガンネタが成功だったのかは疑問だが、何曲かはすてきな曲もあった。
そして本作の話。今回は近しいラッパーはメテオやインダラ、カルデラビスタだけで、あとは主に関東で活躍し、ダースレイダーとはクラブで出会い、話を交わし、シノギを削りあってきたのだと思われる12人のラッパーが客演している。インストを抜いたラップ曲のうち、完全なるソロ曲はM1「WOOO!!!」だけだ。
さんピンCAMPの生き残りヨシピー・ダ・ガマ、吉祥寺のGOUKI、神奈川・相模原のSD JUNKSTAからはNORIKIYOとSITE、R-RATED RECORDSのCEO・RYUZO、AZUKI RECORDSからキリコ、横浜のSTERUSSのふたり、女性ヒップホップグループDERELLAのMACSSYとMIHO、そしてZEN-LA-ROCK。
これだけラッパーが集められれば、どうしてこの人がこの面子の中に選ばれるだろうというような素人臭いラップを聴かされることにもなる。サイトとミホにはげんなりさせられた。
総勢15人の客演を従え、日本語ラップ界で目立つ存在になった彼が表現するのは、以前のオルタナティブな立ち位置からのヒップホップではなく、ヒップホップという文化や歴史、はたまた日本語ラップのあり方について、かつてのYOU THE ROCK★のごとく、教育しようというものだ。
ヒップホップの一側面でもあるグラフィティアートのすごさを語り、レコード文化の衰退を嘆き、元ネタにある曲のオリジナル盤とリミックス盤を使うことで、ヒップホップの独特な面白さを伝えようとする。レコード屋やメディアに踊らされるなとの教えも忘れてはいない。神と称えられた男だって間違いを犯すことがあると警告する一方で、日本語ラップの歴史に多大な功績を残した先輩を逆フックアップ。親への感謝を捧げる曲は数多くあれど、視点をずらすだけで誰も想像し得なかった独自性を獲得できることや、KEN TEH 390が心して聴くよう、女性ボーカルにフックを歌わせても甘くなることなく、かっこいいヒップホップができることを身をもって証明してみせる。もちろん彼が主催するイベントがそうであるように、ヒップホップが最高のパーティミュージックであることを誇らしげにラップする。
今のダースレイダーのポジション的にも当然の内容だったり、客演陣の豪華さだったりするのだろう。脂の乗った音や言葉、ラップが味わえる。悪くはない。ヒップホップは楽しい音楽だと思うし、ロックやポップミュージックにはあまり見られない若者を教育する独特な色合いがよく出ている。ただ、
サードアルバムを気に入り彼の音を聴き始めたせいか、ひとりの表現者として好き放題やったアルバムを聴きたくなるのも事実だった。
1曲だけ内容に強い不快感を覚える曲がある。5曲目のJAPANESE WILDSTYLE faet. SITE & NORIKIYO」である。まずダースレイダーがグラフィティアートのかっこよさを伝え、2ヴァース目でサイトが自身の体験を踏まえたラップを披露。最後のノリキヨはライター視点でその痛快さから逮捕までを赤裸々にラップする曲だ。
各ヴァースの前に3人での会話が挿入される。3ヴァース目の直前を引用。まずダースレイダーが話を振る。"あ、そういえばさ、このあいだの新幹線のやつ知ってる?"。おそらくサイトが答える。"あ、見た見た。****でしょ? ジンガイでしょ?"。ノリキヨが続ける。"外人がマジで俺たちのシマを荒らすんじゃねぇよ"。
この短いスキットの後、ノリキヨのラップが始まる。シャッターを始め、街中に落書きをしていく。夜中に電車の側面に描き込み、"始発のそれは俺のモンだぜ 朝一速攻でダイヤが乱れる"と誇るしまつ。最後には警察に捕まるところまで描写されるが、出られたらきっと"FUCK POLICE!"と描くさと息巻いて終わる。
もうねぇ、あきれるしかない。車窓から見える中野駅周辺の落書きの汚さや渋谷を歩けば嫌でも目に飛び込んでくる殴り書きされたタグの多さにはうんざりしているからだ。ダースレイダーがラップする"落書きってアートなんだぜ"に当てはまるグラフィティアートなんてものはほんの一握りしかない。街に殴り書きされているあれは落書きでしかない。存在を主張するためなのか、こんな高い位置に描けた自分が偉いと誇りたいのか、本当にいろんなところに点在するわけだが、まさに"オス猫がやるマーキングと同じ"。"猫が縄張りに尿を吹きかけるのも、スプレー行動"というらしい。笑える話だ。
サイトのヴァースに登場する桜木町の高架下は確かにすごかった。あれが見たくて、わざわざ横浜駅から桜木町駅まで歩くこともあった。ピンポン球を横並びにくわえた男のポスター(絵だったのかな)が全面に貼られたコラージュのような壁面は今でも鮮明覚えている。あれはアートだった。何より良かったのは横浜市以外には誰にも迷惑をかけていなかったことだ。
しかし、落書きは商店のシャッターや民家の壁に等しくぶちまけられ、見る者を不快にする。逮捕されたライターが親に"お前はカスだ"といわれたとノリキヨは続ける。本当にカスだと思う。反権力闘争としての反社会的行為であるならば、なにがしかの意味があるのかもしれない(監視カメラ付き自動販売機への落書き行為など)が、ただのマーキング行為で市井の人々の暮らしに混乱をきたすような表現が"芸術"などとは論外だ。
これを書いていて自分でも"平凡な理屈"だとは思うけれど、不快以外のなにものでもないので仕方ない。(なお、" "で囲った文章はラップからの引用以外は、伊坂幸太郎の『
重力ピエロ』から。ライターの末路が笑える小説でもある)