2009年9月2日リリースのファーストアルバム。
2000年結成。MC兼トラックメイカーのMasashiと、ふたりのMC、KSKとFake?からなる3人組。元々がメタルやハードコアバンド出身ということで、そっちよりの音を大胆に導入した音を出す。紹介文によれば、"エレクトロ・ゴシック・ヒップホップ"とのことだが、簡単に区分けしてしまえばアブストラクト・ヒップヒップ。ラップのスタイル、言葉の選び方からもTHA BLUE HERBやMIC JACK PRODUCTIONを彷彿とさせるのは以前ほどではないにせよ、それでもやっぱり厳然とあって、東京出身というよりも札幌といわれて連想するヒップホップだ。
8th Wonder名義のCD音源としては2004年7月に発表されたミニアルバム『
焦燥 / Enigma part.2 EP』以来の作品であり、ようやくのファーストアルバムとなる。本当にようやくだ。それほど熱烈なファンではないにせよ、待たされた感が強い。それなりに期待していたのだろう。
ヴァルハラ。歌詞カードの裏に書かれている──北欧神話の主神オーディンが戦争で勇敢に戦った戦士だけを招き入れる楽園であり、広壮な館。入り口となる"紺碧の空のような色の門"から"深紅の門"まで、2枚組全16曲、時間にして91分31秒。エイスワンダーらしく10分を越える長尺曲はもちろんのこと、3人のソロ曲が2曲ずつ収録されている。
発売日に購入し、少しずつ聴いてきたが、正直30%も理解していないと思う(それでも書くのだけど)。全てのリリック、全ての音の粒に3人が注いできた時間は膨大なものであり、1曲1曲に込められた気合いは並々ならぬものがある。1週間や2週間で読み取れるものではない。この先も聴き続け、ある時ふとしたひょうしにあの言葉の意味はこういうことだったのかと気づいたり、あのライムの裏で鳴っていたビートがどれほどリリックと調和しているかに気づいたりする。そういった音楽なのだ。それほど緻密で精魂込め、ねられた言葉と音がここにはある。渾身の力作だ。
音に関しては、ヘビーロック風のリフが目立つが、ビートそのものは引っかき傷のようなアブストラク・ヒップホップのそれであり、また美麗なピアノの調べを生かした曲や穏やかに流れていくトラックなど飽きさせない。
3人は際立ったキャラ立ちをしているわけないのだが、よくよく聴けば違いが見えてくる。直喩隠喩を駆使し、多分に詩的に内面を描写するMasashiと、例えば"荒ぶる魂で皿売る カラフル音楽よりもモノクロに語らす"といった具合に固く韻を踏むKSK、そして最後のFake?は3人の中で一番気に入っているのだが、極めて映像的なリリックを書く。"飼育の文字がゆっくりと君の背中を伝う"なんて秀逸な表現だと思うし、"うつむいているシーソー 耳に当てていた音符が向こうにまたがる"も素敵だ。後者のリリックはディスク1のM3「反乱 -REBELION IS MY NAME-」の5ヴァース目から抜き出したのだけど、全て書き出したほどの珠玉の言葉が並ぶ。
彼らのテーマの多くは自己表現の追求についてだ。つまりラップについて驚くほどの言葉を使役し、これでもかこれでもかと綴っていく。
以前は音に負けて聴き取れない部分もあったが、今作では克服している。ただ、歌詞カードなしで言葉を聴き取ることができても、文章の意味までは分からない。そして、歌詞カードを眺めているだけではリリックの深いところまでは行き着けない。
それはそうだ。彼らが長い時間をかけてこつこつと積み上げ、取り組んできた言葉の芸術が簡単に分かろうはずがない。難解さを目指して書かれたわけではないだろうが、非常に複雑で意味が入り組んでいる。一見それっぽい言葉を並べているだけだと切り捨てることも容易だが、読み込めば深い意味や隠れていた言葉遊びが浮かび上がってくる。文学の研究家が一行一行精査していくのと同じ要領で読み込んでいけば何年でも楽しめそうだ。
ただ、そうはいっても重すぎるのも事実で、こんなことを書いてはこれだけの労作に失礼なのは承知しているが、時間をかけただけのことはある、その想いの密度の高さに聴いていて息苦しくなってしまうのだ。かなり元気でないと向き合えない作品でもある。でも本当にすごいファーストアルバムを作ってしまったわけで、これを越えるのはかなり手強そうだ。
『Another Side of Valhalla "White"』
タワーレコードで購入したときに付いてきた特典CD-R。
1.ガジュマルソングス (Masashi remix) (4:04)
2.マワル● (Masashi remix) (5:05)
3.マワル○ (chaos remix) (5:03)
M1はFake?のソロといってもいい曲のリミックス。ピアノが生かされているのは同様だが、詩情豊かになり、ラップが前面に出され、生々しさが増した。オリジナルとリミックス、甲乙つけがたい。
M2はMasashiのソロを自身でリミックス。オリジナルでは音が確信を鳴らしていたが、リミックスでは迷いを音にしているよう。そのため同じリリックなのに印象が変わるのが面白い。
M3もM1と同じくFake?のソロ曲であり、エイスワンダーの盟友chaosがリミックス。明快に鳴らされるビートとときおり絡むアラブのフレーズのおかげでずいぶんと明るく生まれ変わった。