すばらしくてNICE CHOICE

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2021.02.10 Wednesday | - | - | -
KREVA『心臓』

2009年9月8日リリースの4枚目のアルバム。

私にとって、KREVAはアルバムを出せば出すほど失望させられるアーティストだ。いつも通り何ら期待することなくプレイボタンを押した。これまでのオリジナルアルバムがそうであったように、1曲目は短くも威勢よくスタートかと思ったら、いきなりメロウな曲が鳴りだした。ああ、やっぱりこの路線と噛み潰した苦虫を強引に飲み下しつつ先を急ぐ。前作がこの手の曲の集大成と思っていたが、Kanye Westの新譜の影響なのか、オートチューン使いで歌いまくる彼に軽く失笑する。

8曲目のタイトル曲「心臓」を境にメロウな流れが一旦終了し、活きの良い曲に変わる。早速のM9「ACE」はそれこそ今までのアルバムでは1曲目に置かれるタイプの曲であり、M11「中盤戦」ではMummy-Dと気合いの入ったラップがかわされる。しぼんでいた期待も少し膨らむが、次がオートチューンをかけたラップ曲「I Wanna Know You」(M12)となり、悪夢のメロウ路線再びとなる。客演曲が並び、最後はL-VOKALまがいの曲で締めくくり、終了する。


当然またダメだったのねと思ったものの、なぜだか本作を繰り返し聴いている自分に気づく。動脈血を大動脈に送り出す"左心室"側とされるM1「K.I.S.S.」からM7「Tonight」にクレバの自我が色濃く漂い、その体臭まで嗅ぎ取れそうな濃厚さに不思議と魅了されるのだ。

大量のストリングスでけばけばしい厚化粧を施したこれまでのメロウさではなく、サンプリングミュージックとしてのヒップホップになっていることも大きい。人工甘味料が極力排除され、纏わりつくようなくどい甘ったるさがない。とても自然だ。同時に、きれいな上音の下で刻まれるビートにいい意味でのチープさがあり、そのギャップもすてきだ。

リリックやテーマがまたすごい。中でもM1からM4「Tears In My Eyes」までのクレバの熱烈な恋慕の念が何とも一方的すぎて眩しい。君と僕の世界が描かれ、ただの男女の色恋沙汰でしかないと書かれているブログをどこかで読んだ。お子様には難しいのかもしれないが、M5「リズム」以降はともかくとして、最初の4曲は男女の色恋沙汰などではなく、ひとりよがりながらも必死に意中の人をかき口説こうとするひとりの男の求愛を描いている。

求愛なんて書くと理知的にもとれるが、ここでのクレバは玩具を買ってもらえない子供のごとく手足をばたつかせ、だだをこね続ける。しかし、その姿が滑稽なわけではない。何より年齢相応の打算が微塵も感じられない。俺のこの想いを受け取ってくれという清々しいまでの傲慢ぶりに、羨ましくもなるのだ。そんな全身全霊を捧げる片想いなど遙か昔の話だからだ。

クレバの想いの強さはM3「これがFall In Love」によく表れている。とてもシンプルな構成の曲で、思いの丈を頭から終わりまでぶつけ続ける。そして、曲が終わるかと思いきや、曲の最後で再び1ヴァース目に戻り、再スタートとなる。もちろんフェードアウトされるわけだけど、想いが成就するまで延々に求愛の言葉を語り続ける執拗さが恐ろしい。

前半でのラップスタイルは、いつものゆっくりと噛み砕いたようなフロウだ。ずっと苦手だったのだが、今回は以前のような拒否感を覚えなかった。M4なんて聴いていて、リズムの取り方が実に面白いと感じたほどだ。

M5からは一方向の感情だけではなく、"君"への配慮を見せる。そして、クレバの恋は成就したのだろう、ふたりの幸せが歌われる。転換点となるM8で右心室に流れ込こんだ血液は肺を目指すべく大静脈に送られる。

M9こそはぶ厚いシンセにくるまれているが、M10以降はシンプルかつ生々しさの宿るビートとトラックが魅力的だ。M11はできればふたりとももう1ヴァースずつ堪能したかった。とはいえ腹八分目具合が良いのだろうとも思う。

M13「キャラメルポップコーン」は、Romancrewからせっかく低音のそそる声の持ち主・将絢を招いたのだから、もう少しエロ度の高い曲が良かったと思うけれど、アルバムの構成・テーマ上仕方ないのだろう。シングルに収録されていたときも一発で気に入ったM14「生まれてきてありがとう」はここでも強烈な存在感を放つ。これでもかとロマンティックな言葉がラップされ、この曲でアルバムが終わっても大団円だったと思う。しかし、なぜだかもう1曲残されている。

最後のM15「この先どうなる?」はこれまでの一人称視点から三人称に急に変わってしまう。肺から外に出たのだろうか。いずれにせよ、変化が唐突すぎる。M14であれだけ歯の浮くような言葉を並べたので、その照れ隠しなのかなとも邪推してみる。


終わり方に疑問が残るものの、それ以外はラップもトラックもリリックも飽きない魅力を有していて、傑作だなと思わせる。これまでは無骨でスカスカなビートとその上で荒々しくも自信に溢れたラップを披露したファーストアルバムが一番好きだったが、洗練されながらもなお野趣を残し、その塩梅が絶妙な今作はひょっとしたらこの先もずっと聴き続け、一番のお気に入りになるのかもしれない。
2009.09.16 Wednesday 23:59 | 音楽 | comments(11) | trackbacks(0)
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2021.02.10 Wednesday 23:59 | - | - | -
コメント
ツンデレですね(笑)
でも自分も今作は結構気に入りました。同じく、初聴は微妙だったが気付くと何度もリピートしている自分w
なんかM-15のあの不穏な感じがM-1のK.I.S.Sに戻りたくさせるんですよね…策略なのだろうか。
赤サイドのラブソングはかなり一途な男という印象で、それぞれ曲のテーマは違うんだろうけど、全て1人の女性のため歌ってる気がしました。
でもM-4とM-7はラブソングじゃないみたいですよ。武道館ノンゲストデーのエピソードとライブに来てくれたファンに向けた曲らしいです。言われなきゃわかんないですけどね…
なんだかあまり売れ線な感じはしなかったけど(むしろコア向け?)、ポップシーンにうまくアピールできる良質なヒップホップアルバムだと思いました。
名無し | 2009.09.19 Sat 10:14
名無し様

こんにちは。
お久しぶりです。

> M-4とM-7はラブソングじゃないみたいですよ。
> 武道館ノンゲストデーのエピソードとライブに来てくれたファンに向けた曲らしいです。

「Tears In My Eyes」と「Tonight」ですね。そうだったですか。そう分かると反対になるほどと見えてくるものがありますね。M4での人前での涙は感動のあまりということなのかとか。

> ポップシーンにうまくアピールできる良質なヒップホップアルバムだと思いました。

同意です。ヒップホップどうこうのジャンルに関係なく音楽作品として良質だとも思います。こういったアルバムが日本語ラップから多く生まれれば、ラップそのものがもっと広く受け入れられるのにと思ってしまいます。
gogonyanta | 2009.09.19 Sat 14:15
同じく凄い事になってそうなジェイ・Zの「ブループリント3」もレビューよろしくお願いします。
こちらは「D.O.A.(DEATH OF AUTOTUNE)」が収録されてますからね!。
イ・ビョンセ | 2009.09.19 Sat 21:07
こんばんは。

先日、タワレコに行った際に試聴し、本人の「これが売れなかったら音楽やめまーす」のキャッチコピーに目を惹かれつつもするもスルーした今作。
この記事を読んで購入しなかった事を後悔してきました。

彼の暗喩を潜ませた擬人法ラブソングは好物です。
その表現がまた巧みでリスナーに妄想や解釈の余地を残してくれるのが憎いところ。
「音色」からですかね? その媒体の傾向を強く感じて来ました。
“広く聴かせる”という点では、ラブソングはキャッチーで良い方法だと思います。
KREVAはコアなHIPHOPリスナーを信頼しているのか、メッセージを理解するには多少に難解となっている感じもありますが。
前作に収録された諧謔的な内容の「今日だけでいい」等、凄く好みです。

今作をしっかりと聴いていないので内容には突っ込めませんが、これを機に購入させて頂きたいと思います。

そういえば、神門の新作アルバム「栞」が発売されましたね。
私はまだ聴いていませんが、gogonyantaさんの書き起こしを楽しみにしています。
あおぼし | 2009.09.19 Sat 22:49
僕もこれを読んでいて買いたくなりました。

「瞬間~」と「中盤戦」だけは聴いたことがあるんですけど、「中盤戦」のあの気持ちのいい掛け合い、気になっていたんですよね。

「買って、1枚を通して聴く」というのが基本ですよね。

ちゃんと聴いて、またコメントします!
mumunyanta | 2009.09.20 Sun 23:53
イ・ビョンセ様

こんばんは。
お返事が遅くなり、すみません。

> ジェイ・Zの「ブループリント3」もレビューよろしくお願いします。

秋にもなりましたし、そろそろ今年リリースされた輸入盤を聴き始めようと思っています。中でもこの新譜は楽しみな1枚です。売上も初動で"約47万6千枚"と聞きました。当然米国アルバムチャート初登場1位。日本でいえば、GReeeeNとほとんど同じ初動枚数なわけで、期待できそうですね。



あおぼし様

こんばんは。
先日はトラックバックをありがとうございます。

『心臓』はメロウ路線はあるものの、音が先のアルバムよりヒップホップしていて聴きやすさが増しています。聴いて損のないアルバムだと思います。本当にお薦めです。

神門の新譜は明日アップできればいいなとは思っています。



mumunyanta様

こんばんは。
コメントありがとうございます。

「中盤戦」のような分かりやすく攻めた曲はほとんどないのですが、練り込まれたトラックと歌詞、ラップが魅力の作品ですので、手に取られることをお薦めしますね。
gogonyanta | 2009.09.25 Fri 01:11
度々コメントさせてもらってます。
TONIGHTはオートチューンじゃなくてボコーダーでした。
先日ライブに行ったのですが弾き語りのTONIGHT、かなりプロ根性を感じました。 あれは一見の価値ありです完全に歌モノですが…
名無し | 2009.09.25 Fri 11:04
名無し様

こんばんは。

> TONIGHTはオートチューンじゃなくてボコーダーでした。
ああ、そうだったんですか。勉強になります。

今回メロディについては少しも触れなかったのですが、カニエ・ウエストと同様、魅力的な歌メロを作れるなら、それはそれでオッケーと思ってしまうところがあります。一度くらいライブを見てみたいです。
gogonyanta | 2009.09.28 Mon 00:52
過去にも目を通し、改めて本記事を読ませて頂きましたが、数ある感想の中でも特に読んでいて気持ちの良い感想ですね。皮肉を交えた文からKREVAの事が大好きなんだなという事がしっかりと伝わってきます。もちろんgogonyanta様の性格やブログ運営の方針(スタンス)上、手放しでの嘆賞だとは思いませんが。

今年出た彼の「SPACE」はもう取り上げられないのでしょうか。毎回楽しみにしているので、大した感想が出なくとも、やはり気になる所存ではあります。個人的に「ma cherie」などが傑作だったので余計にそう思うのでしょう。

まぁ、そんな事を書きつつも私自身、トータルで見れば「心臓」の方がアルバム単位での再生回数は多いのですが(笑)
ビル | 2013.07.11 Thu 01:44
多くのアルバムを聞いていないからかもしれませんが、曲の構成に二面性を持たせたこの作品にほほうと思わず思いました。

僕はM14があまりにクサすぎて、まさに歯の浮くような言葉の連打に食傷気味であまり聞いてなかったのですが、改めて通して聞いてみようかなと思いました。

ビルさんと同じく「SPACE」のレビュー希望です。個人的にはこのアルバムが一番すっと入るような軽さがあって好きです
偶然にも同じく一押しは「ma ch&#233;rie」です
桜間 貴斗 | 2013.07.25 Thu 00:13
ビル様

こんばんは。
お返事遅れましてすみません。

> 数ある感想の中でも特に読んでいて気持ちの良い感想ですね。

ありがとうございます。ブログの特質まで考慮していただきありがたい限りです。まあ、クレバを好きかといったらそれはないなって感じなんですが・・・。せっかくの才能がありながら、失望しか得られないのが実際のところといった程度の認識です。

> 今年出た彼の「SPACE」はもう取り上げられないのでしょうか。

彼は日本のラッパーの中ではトップクラスとされているひとりなので、一応新譜が出ればチェックをしていますが、『新人クレバ』にあった刺激は徐々に下降線を描き、『心臓』で持ち直したかと思えば再び愚にもつかない駄作を作り続けています。今回もその延長線上の作品に思えました。

音楽記事自体更新していないので、そろそろと思っていますが、クレバから受ける刺激は皆無ですし、日本語ラップは若手の台頭が著しく、どうしてもそっちに目がいってしまいます。せっかく昔の記事にコメントをいただいたのに大変申し訳ないです。



桜間 貴斗様

こんばんは。
コメントありがとうございます。

> 曲の構成に二面性を持たせたこの作品にほほうと思わず思いました。

本作の前提としてKanye Westというアメリカのラッパー/プロデューサーのアルバム『808s & Heartbreak』があります。その作品のリリック面(ニ面性ですね)は分からないのですが、音に関してはかなり挑戦していて、クレバを始め、方々に影響を与えていて今聴いても興味深いアルバムです。

カニエの話を続けますと、彼はその後時間こそ空きましたが、世界が驚愕する傑作を2枚続けてリリースしました。『808s 〜』に続く音がどうなるのか、そのハードルの高さをどう超えるのか、デビュー当初からJay Zの庇護下にあり、期待され評価されているアーティストでしたが、さすがに難しいのではと思っていたところ、ものの見事に、しかもあっさりと自己更新をし、度肝を抜かされました。性格に難があっても(パパラッチなどと始終問題を起こしています)、その音楽の才能はたぐいまれなものがあるのだなと再認識したわけです。

翻ってクレバです。『心臓』後のミニアルバムは目端を変えただけで、とりあえずメジャーとしてコンスタントにリリースしなければならず、スケジュールを履行しただけに思え(確かにカニエもJay Zとのつまらないコラボ作を出していますが)、その後の5枚目にしても今年の新作にしても新機軸が見えず、これまでの手癖に近い作品で落胆しかありません。

彼の現在のアーティスト活動で評価できるのは、シングルを出す際に若手がリミックス遊びをしやすいよう、インストとアカペラを収録し、自由にやらせ、その中から数名をフックアップしていることぐらいです。偉大な先輩から言葉をかけられることは若手には励みにもなるでしょうし、その点では素晴らしいと思います。

いずにせよ、時間があれば書きたいところではあるのですが、コメントをいただいておきながら本当に申し訳ないです。
gogonyanta | 2013.09.07 Sat 23:57
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