すばらしくてNICE CHOICE

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志人・スガダイロー『詩種』

2012年8月2日リリースのラッパー志人とジャズピアニスト・スガダイローのコラボアルバム。
/5点中

異色の組み合わせと形容されるふたりの初対面ライブを見ている。2010年9月に東京荻窪にあるライブハウスvelvetsunで行われたセッションライブだ。事前の練習や顔合わせもなく、当日初めて会ったふたりは軽く挨拶を交わしただけで、ピアノ対言葉を使ったパフォーマンスの真剣勝負をいきなり繰り広げたのだ。志人の実力の程はこれまでのライブですでに知っていたが、初めて聴くスガダイローのピアノのあまりのすさまじさに圧倒された。切っ先の鋭い音が雨あられのごとくはじけ飛び、旋律を恐ろしい程に躍動させる演奏に聴き入るというよりも見入ってしまった。

さすがの志人も形勢不利かと思ったが、自作の曲からフレーズを引用したフリースタイルでもって応戦し、時に滑らかな押韻を織り交ぜた速射砲のようなラップで、時に童謡のような耳馴染の良いメロディを持った歌で、己の世界観を構築していく。自分の世界を誇示し合うだけではなく、最後の瞬間に向けて音楽で対話していたふたりはおそらく当人たちも想像していなかっただろうひとつの言葉を生み出した。まさにその場にこそふさわしい表現であり、ある種感動でもあった。

"生まれたよ"、と志人は最後言葉にしたのだ。ピアノとラップが互いに相手を鼓舞し合い運んでいた何か。その何かが最後の瞬間にこの世に誕生したのだろう。その生まれたものを大切に育み、完成させたのが本作なのだと思う。2010年9月の初顔合わせライブから今回のリリースまでの間に一度だけ同じ場所で、今回参加しているバンドメンバーも一緒にセッションライブを行っている。その時にはすでに本作に収録されているそろばんの歌M5「珠算遊戯」が披露されていて、ふたりによるコラボアルバムが夏頃リリース予定だという案内もなされた。

本隊のラップデュオ・降神での活動は滞っているものの、志人はソロでは精力的に動いている。2011年には前年にカナダに渡りレコーディングしたTriune Godsとしてのミニアルバムを出し、さらにはソロ名義で『微生物 EP』を、8月には2度目の渡加をし、今年3月セカンドアルバム『発酵人間』をリリースした。

ほとんど録音物を出していないそれまでの状況が異常だったとはいえ、一転リリースラッシュとなり、さらに今回のコラボアルバムまで制作され、さすがに驚いたが、さらに驚愕させられたのはほとんどが新曲であることだ。セッションライブの時と同じように既存曲のリリックの切り貼り的なラップで、ジャズらしいライブ録音になるのだろうと高をくくっている部分があったのだけど、ふたを開けてみたら嬉しいほどに真新しい言葉が並ぶ。しかもジャズバンドとの共演という挑戦だけではなく、自らの表現の幅を大胆に広げる試みも行っているのだ。

志人が新たに踏み出した表現方法は彼がそれに手を出しても何らおかしくないものであるが、しかし同時にそこに行ってしまったのかと残念がる声が出てくることも容易に想像できる。なぜなら彼は今ではやや神格化すらされている降神の一員として「時計の針」や「ロックスターの悲劇」を制作した気鋭のラッパーでもあるからだ。そういうファンの思いも理解できるが、最近文芸雑誌「新潮」のロングインタビューで語っていたような心境や環境の変化を考えれば、志人の方向性に納得がいくし、以前のような尖った怒りこそないものの、今の彼には歌を取り入れたことでより深くより遠くまで届けようとする強い表現欲求があるように感じられるのだ。言葉の選択、メロディの冴え、フロウの幅、テーマの深さとどのラッパーとも違う彼なりの表現を行っていて頼もしい限りだ。


長々と書いたのに中身に触れてないことに気づいた。ようやく本題。


29面立体という特殊パッケージを丁寧に開けていくと、レンゲショウマの花が咲き、金冠日食が現れる。これまで色々なCDを聴いてきたけれど、このデザインを初めて目の当たりにした時、驚きを通り越してあきれてしまった。発案者を目の前にしてアホかと呟いてしまったほどだ。この特殊パッケージについての思い入れは最後にたっぷり書いている。

素晴らしく凝った意匠に主役となる音と言葉は当然負けていない。志人はこれまで以上にはっきりとしたコンセプトアルバムにしている。

檜原街道に入った先にある寝釈迦像のごとく横たわるクマがいる村の番所を抜けると、小高い丘の上にはつぼみを付けた1本の泰山木があり、その根元には"レイシスト"と呼ばれ村のみんなから嫌われているイタチに追い立てられ疲れ切ったテンが休んでいる。

こんな物語でアルバムの幕が開く。そのM1の曲名は「白猿と赤鼻天狗 壱」。壱というからには、弐、参と続いていく。しかもこのシリーズはスガダイローのピアノのみを伴奏に、志人は朗読をしているのだ。物語を読み進めていくパフォーマンスは、ポエトリーリーディングとも違い、朗読と呼ぶ方が良さそうだ。M4の「弐」になったところで題名にもある、"白猿"と"赤鼻天狗"が登場する。その白猿が"レンゲショウマ"の群生する"夏地"に座っていると、大きなムカデに乗った赤鼻天狗がやってきて、物語がいよいよ動き出す。

陸(六)まで続く「白猿と赤鼻天狗」シリーズを縫うようにして、志人の思想やあるいは動物たちの物語を補強する歌が紡がれていく。

M2「アルカロイド -雑木林は愛の詩-」では自然こそが自分に色々教えてくれる先生であると断言する。その姿には檜原村で古民家を借り、畑を耕し、様々な動物と出会う生活を送る彼の今の心境がそのまま出ているように思う。朗読とポエトリーリーディングの違いがなんなのか不明だが、ここでの志人の表現はM1とは違い、ポエトリーに思える。

M4の「弐」で、白猿と赤鼻天狗がいよいよ出会い、無理難題をふっかけ合う。その様子を見たトンビのおやじが村の酒場を閉め、どちらが勝つのか賭け事を始める。M5「珠算遊戯」はそのトンビのおやじが弾いたそろばんを歌にしたものだ。中盤でのバンドの演奏は次第に狂気を帯び始め、混乱を生み出していく。それもそのはずで、狸と狐が大ゲンカを始めたのだ。方言を取り入れた2匹のやりとりはもはや歌詞(あいうえお作文ならぬ、いろはに作文になっている)があってもその意味を正確に掴むことは難しいが、その迫力は本作の聴き所のひとつだ。最初にこの曲をライブで聴いた時はギョッとしたものだったが、こういう風に物語とリンクする曲だと分かるとなかなかに興味深い。

白猿の侮辱に赤鼻天狗が憤るM8「四」に続くM9「カムトナル」やM10「狐の嫁入り」ではラップといっていいのか分からない境地に辿り着いている。古語や古いいい回しも取り入れた歌詞に散りばめられた押韻はますます磨きがかかり、非常に滑らかだ。素で聴いている限りでは理解が追い付かないのだけど、目には見えないけれどきっといるだろうモノノケや動植物をより身近に感じられる村で暮らせることへの感謝を歌っているように思える。

「白猿と赤鼻天狗」の物語はM11「伍」でついに佳境となる。怒った天狗は太陽を隠してしまう("金冠日食")。急速に姿を変えていく村に動物たちは逃げまどい混乱し、白猿に相談する。このシリーズはピアノのみでの伴奏となるために、ピアノ1台でその天変地異を表現していくことになる。スガダイローのまさに腕の見せ所だ。白猿の言葉は急に哲学に舵を切り、気づくと、"Don't Think, Feel"の精神に行き着く。その解釈が正しいのかどうかは知らないが。

M11の最後に"私たちは泣き 笑い 踊り 騒ぎ 花開き〜"というお馴染みのフレーズがゆったりと語られ、続くM12「わとなり」でいつものメロディを付けて歌われていく。ずいぶん長いことライブでは聴いていた一節がとうとう曲となるのを聴くのは嬉しいものだ。これまでにない明るい曲調に大団円感を覚える。

M13「陸」はエピローグであり、心優しいオチが待ち受けている。最後のM14「ニルヴァーナ -涅槃寂静-」は以前12インチシングル『ジレンマの角』の特典CD-Rにその一部をアカペラで披露していた曲の完成形だ。弓で弾かれるウッドベースの音色が心地良いアレンジの上で、ラップと歌を少しも違和感なく同居させ、人間は自然の一部であり、尊ぶべきは自然であり、後世にその豊かさを残していかなければならないというここ数年の彼らしいテーマが歌われる。自然保護という点ではM1ほどの直接性はないが、自然と共に生きる喜びを伝えている。

"静かな森の奥 シジュウカラ飛び踊るよ 風の通り道 君を見ているよ 優雅に舞い踊る時空間を越えて 咲き誇る永久に明るい日 空に掛かる虹の橋"という幸福感に包まれた最後のフレーズはそのまま情景が頭の中に浮かび上がるようだ。


SUIKAと降神のコラボ曲「タマキハル」で昔話的な大きな物語を描いてはいたが、あの曲ではまだラップをしていた。しかし、今回は完全に朗読だ。最初に聴いた時はそう来るのかという戸惑いが確かにあったが、志人らしさを失わない内容だったリ、展開の巧さ、オチの上品さなどを思うと、今回の挑戦は成功といえるだろう。スガダイローが率いるベースの東保光やドラム・服部マサツグの腕は申し分なく、とはいえ生での4人のセッションを体験してしまっていると、演奏とラップが拮抗する時のワクワクについてはわずかに乏しい点は否めないが、ジャズはライブで聴いてこそ生きるものだろうし、それは仕方のないことなのだろう。そうはいっても志人がこれほど他ジャンルと噛み合うとは思わなかったわけで、本人的にも更なる高みを思い描いていそうだ。

"ストリート"を歩まず(かつては"ジベタリアン"だったわけだけど)、村での定住を決めたラッパーへのいわゆる日本語ラップ界からの評価はさほど高いようには思えないが、彼の先進的なラップはその鋭さにさらに磨きをかけていて、ますます目が離せない。同じ道を行ったり来たりするだけで一向に進まないことがかっこいいとする格好だけのラッパーたちとは違い、ヒップホップ的に未開の地をひょいひょいとひとりで進み、誰も摘まないおいしい果実を独占している状況を見るにつけ、いつも不思議だなと思っている。




<『詩種』梱包作業> (写真はサムネイル仕様にしているのでクリックすると少し拡大します)
本アルバムの企画者がTwitterを通して、7月14日15日に荻窪ベルベットサンで行う梱包作業の手伝いを募集していたので、めったにない機会だし、何よりひと足早く聴けるとあって、安易な気持ちで参加してみた。

しかし、これが大変だった。最初にも書いたようにそのデザインを始めて見た時、侮蔑的な意味ではなく愛すべき型破りさという思いを込めて、アホだと思ってしまった。てっきり一般的なCDと同じ仕様で、プラスチックケースをはめていき、そこにCDを収めて、歌詞カードを収納して、シュリンクをかけるというとても簡単な作業だと想像してたのだ。が、そんな甘い話ではなく、ボランティア的に募集をかけたのも納得の手間暇のかかる作業だった。
まず長く伸びた1枚の紙状態のパッケージ(上の写真)を、手袋をはめて汚れをつけないよう丁寧に織り込んでいく。少しでも織り目や重なる部分がずれたりすると、全て組み上がった時に七角形の側面のどこかにゆがみやへこみができてしまうのだ。

すごくいいように解釈すれば、手作業のなせるひとつとて同じものがないパッケージといえる。
微妙に調節しつつ組み立てていき、検品班の合格を経たものがシュリンク班に渡る。彼らは熱でビニールをとかし密封できる特殊な機材を使い、なんで面倒くさい7角形なのだろうと疑問を抱きながらビニールと格闘しつつ封をしていく。

次に待ち受けているのはドライヤー班で、そのビニールにくるまったアルバムにドライヤーの熱を吹きかけるとシュルシュルとぴったり張り付くのだ。

1日目に参加した志人はこの最後の行程を手伝っていたので、もしかしたら彼が直接手掛けたアルバムを手に取る人がいるかもしれない。そして最後に表にアーティスト名とタイトルが入ったシールを張り付けると完成となる。

こうして書いていくと簡単なように思えるが、慣れない作業でしかもこれが1枚2500円の価値を持った大切な商品であり、1枚たりとも疎かにはできないわけで、デザインはすごくいいのに、なんでこんな複雑なのと思いながらも、折り班は楽しく会話しながら、シュリンク班やドライヤー班は黙々と手元だけを見つめ作業をし、2日かけてとりあえず初回納品分だけは作業し終えることができたのだった。

その後も、17日に手伝い募集が急遽なされていたが、ベルベットサンの営業後に関係者だけで終わらなかった分(折りは2日目で全て終わったのでシュリンク作業)をこつこつと作業したそうだ(お疲れ様です)。そんなわけだから、梱包作業をただ手伝っただけなのに不思議な愛情を感じてしまうアルバムになった。

続いて、写真でアルバムデザインを紹介していく。まず正面図。シュリンクされている状態だ。


こちらは裏返した状態。ビニールがピッタリと張り付けられ、折りたたまれているのが分かる。

それではビニールを剥いてみよう。私はなんだかもったいなくて開けられずに2〜3日ニタニタ眺めていた。
正面図。ビニールを剥いだので、表側には中身を示す表記が一切なくなる。すぐに汚れや日焼けでやられてしまいそうな神々しいほどの純白。
で、こちらが裏側。すでに開花しかけているのが分かる。
そういえば背はこんな感じで、1ヶ所にアーティスト名とタイトルが書かれている。開けたり閉じたりした影響や、連日の湿度もあり、紙が少々ヘタってきている。

後ろ側から花弁をひとつひとつ開いていくとこうなる。"白猿"が座る夏地で彼を取り巻くようにして咲いている"レンゲショウマ"をかたどっている。


真ん中の小さい花弁を開けると、CDが収められている。CDの図案は"金冠日食"だ。
CDを外すとクレジット欄になる。花弁に描かれる歌詞やクレジット欄の下地の色は、"薄紫色の花弁をもたげておりました"の一節に由来する。


CDを収めていたパーツは蛇腹式に畳まれていて、それを広げたのが下の写真。花弁のひとつで、左上に伸びているところの先にCDを収録した部分がある。


横位置から見るとこんな感じ。左上の半円になっている部分が直接CDを押さえていた部分。

真上から。よく見ると、花と茎、葉のようにも見える。葉と茎の部分が蛇腹式に折り畳まれている部分だ。分かりやすいように一部畳んでいるが、実際は上の作業中の写真にもあるようにもう少し長くなる。


歌詞はこんな感じでやや小さい級数が使われている。


Twitterで検索してたら、すごくきれいに映した写真がアップされていたので無断借用しちゃいました(感謝です)。クリックで引用元ツイートに飛びます。


改めてこうして見てみると本当にすごいデザインだ。実際に購入された人は無理をせずに丁寧に開封した方がいい。それと、ビニールを破る時にこんな作業にも四苦八苦していた人がいたのだと、ほんの一瞬だけでも思い馳せてみるのも一興だろう(いままでCDを開けるのにそんなこと思いもしなかったけれど)。それはともかく、どういう風に折り込まれているのかしかと記憶しながら開けていかないと、本来の閉じ方ができなくなってしまう危険性がある。関係者は開け方や畳み方の動画をYouTubeにアップするようなことを話していたが、現時点では上げられていない。細心の注意を払うだけのことはある素晴らしいデザインであり、志人とスガダイローが創り出す独創的な音楽に文字通り花を添える。
2012.07.31 Tuesday 23:58 | 音楽 | comments(3) | trackbacks(0)
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2017.04.19 Wednesday 23:58 | - | - | -
コメント
今日届いて聞きました!
ベタな驚きで恐縮ですが完全に期待以上の何かになっていて嬉しかったです
久々にドツボにハマった感じでした

ところでアルバムジャケット制作お疲れさまでした
僕のには通販で買ったからかgogonyantaさんの手伝われたビニール加工がありませんでした、若干残念なような気もします
その代わり、なのかは分かりませんがもう一つ紙のケースに入っていて、
上から二枚目くらいの花弁に直筆(?)の志人と誰かのサインがありました
多分スガダイローだと思いますが、なんだかほっこりしました
中身と言いアートワークといい何か特別なお宝のように思われて、今は下手に触れません(笑)
P | 2012.08.03 Fri 18:42
はじめましてRin-Ne Recordsと申します
以前よりこのブログを拝読していたので
自分の撮った写真が引用された驚きと喜びのあまりコメントさせて頂きました

私はパッケージを畳む作業をお手伝いしていましたが
詩種のような素敵なCDの制作に僅かでも携わる事が出来て本当に良かったです!
Rin-Ne Records | 2012.08.05 Sun 23:30
P様

こんにちは。
またお返事遅くなってしまいました。。。
いつもありがとうございます。

> アルバムジャケット制作お疲れさまでした

みんなで行いましたし、私が参加していたのもわずかな時間だったのでアレですが、貴重な体験ができました。やってる時はどうしてこんなデザインに・・・とかちょっとだけは思いましたが、今は面白い時間だったなと思ってます。

> 上から二枚目くらいの花弁に直筆(?)の志人と誰かのサインがありました
> 多分スガダイローだと思いますが、なんだかほっこりしました

それは羨ましい!



Rin-Ne Records様

はじめまして!
こんにちは。

> 以前よりこのブログを拝読していたので
> 自分の撮った写真が引用された驚きと喜びのあまりコメントさせて頂きました

そういってくださるとホッとします。弁解しようがない無断借用な上にこちらが都合いいようにトリミングまでしていますから。事後承諾の形になってしまいましたが、ありがとうございます。

梱包作業もなかなか得難い体験でしたよね。山になっているいまだ手付かずの素材を前に絶望にも似た気持ちになりかけながら、みんなで克服していく作業は楽しかったです。一般ボランティアが終わってからも、スタッフが黙々と進めたそうで、店頭に並ぶアルバムをベルベットサンすごいなと思いながら眺めています。
gogonyanta | 2012.08.15 Wed 12:58
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