2012年3月14日リリースのセカンドアルバム。
/5点中
限定での発売だった昨年6月の『
微生物EP』以来となる作品。同年1月にTriune Godsとしての
ミニアルバムも出していたわけで、矢継ぎ早のリリースといえるが、しかしフルアルバムとしては前作『
Heaven's 恋文』が2005年12月だということを思うと、本当にようやくといった心持ちだ。待たせすぎ。
レコーディングはカナダ・モントリオールで行われた。アメリカ人ラッパーBleubirdとカナダ人トラックメイカーScott Da Rosと共に結成したトライウン・ゴッズの音源制作のために2010年4月志人は同地に渡り、わずか1週間で『
Seven Days Six Nights』を仕上げた。その翌年の2011年7月に彼は再びカナダへ飛び、今度は1ヶ月間滞在することでモントリオールの様々なミュージシャンたちと交流し、本作を作り上げたのだ。したがってクレジットには見覚えのない名前が並ぶ。日本人アーティストはM3「一物全体」をプロデュースしたMongoika(T.CONTSU/次元)と3曲でミキシングを担当したYamaan、それとM3でスクラッチを入れているDJ Ken-Oneだけとなる。
多くのリリックが異国の地で書かれたことや、東日本大震災が彼の心に及ぼした影響もあるのだろう。本作に込められているメッセージはこれまで以上に力強い。この変化を前にすると、それまでの志人の歌詞の多くが彼の中だけで完結していたことに気づかされる。2枚のアルバムに収められている降神としての志人は不満をそのまま苛立ちという形で表現するなどだいぶ素直だった。ソロ活動がメインになり始めると地球愛に目覚め、動植物たちの口を借りて自然保護的なメッセージや規模の大きなテーマを歌うようになったが、まだ気づいていない人間に別の価値観があることを提示するに留まることが多かったように思う。しかし本作では彼が思うところの理想を積極的に聴き手に訴えかけ、なおかつ伝わりやすい前向きな言葉を投げかけている。リスナーの人生に強く介入を始めた印象だ。
M1「自然生」にその変遷が顕著に表れている。モントリオール滞在で彼に部屋を提供したEric GingrasのグループHéliodromeがプロデュースした広い空間を感じさせる抒情性のある音の上で、前半は自然対文明的な相克を憂える大きなテーマを扱い、後半で"自分の踊りを踊ればいいのだ"と自分らしくあることが最善であるという個についてのラップとなる。
英国の自主レーベルNinja Tuneに所属する中国系カナダ人ターンテーブリストKid Koalaが制作したM5「人間復興」は、"大震災の惨状を前にして僕らミュージシャンができることは音楽を作ることだけだ。トラックはすでに作ってある。この場で詩を書いて録音してみないか"という彼の提案に、わずか2時間でリリックを書き上げ、その場でレコーディングされた曲となる。本作の中で唯一ぐらいにグルーヴがある肉体的なビートの上で、"世界中から愛されるために御前は生まれてきたのだ"という強い肯定感を打ち出し、リスナーの内面に歩み寄る。被災地・陸前高田にボランティア参加した経験から生み出された言葉なのだろう。
この姿勢は最終曲にも大きく表れる。9分台のポエトリーリーディング曲M9「忘れな草」で愛する人への想いを詠み、M10「道」ではつま弾かれるアコースティックギターの落ち着いた音色に合わせて生讃歌が歌われ、表題曲となる最後のM11で前向きさを自身の中だけに留めるのではなく、メッセージとして発する。どの言葉もパンチラインなのだけど、特に"大なり小なり人には欠点がある それを個性と呼べずに何をもって君と呼ぼうか"という全力の肯定に魅了される。そして、その先に"君はやれる 道は今開かれる"という力強い希望が歌われ、アルバムの幕が下りる。
この変化は自信から生まれたのだと思う。もちろんこれまでだって自信はあったはずだし、そうでもなければ人前でのパフォーマンスや半永久的に残る録音物の発表などできない。ただ、本作の中盤に置かれている2曲のポエトリーリーディング曲で自身の考えや不安を今までないほどに赤裸々に語っている。そうすることで自分の弱さを受け入れられるようになったことが本作の変化に繋がると考えるのだ。
そのM4「遺稿 改 生こう」とM7「身土不二」の2曲のリリックは吉本素直名義の詩としてすでにブログで発表済み(M4は
ここ。M7のは
ここ)であり、2010年にすでに書かれている作品となる。音はどちらもトライウン・ゴッズのスコット・ダ・ロス。
7分弱のM4で彼は辿ってきた人生を鑑みながら言葉を使った表現活動に人生を捧げるという決意に行き着く。副題が"陰"となるM4と対をなすM7のそれは"陽"であり、ここで驚きを禁じ得ないのは志人が言葉を生み出せない怖さ、"白紙の恐怖"を繰り返し語ることで、彼ほどに次々と新しい扉を開けていくラッパーでもそうした怖さを覚えるのかと意外に感じるが、革新的であることは道なき道を突き進んでいることでもあるわけで、常にそうした恐怖が付きまとうものなのだろう。そして弱さを吐露すると同時に生かされてもいるという気づきを得る。
アルバムの肝となるこの2曲を楽曲として制作することで、言葉への自信や責任がこれまで以上に強く芽生え、それが先の変化となり表れ、聴き手の内面に作用する積極的なメッセージになっていると思うのだ。
自然保護的な楽曲を歌うことはある意味で説教臭さを抱えることになるが、志人の場合は動植物などの自然に語らせたり、歌メロディを多く取り入れることもあり、ユーモアのある楽しく聴けるものが多かったわけだけど、本作ではそこに驚くほどにたくましい生き方へメッセージを忍ばせる盛り込むことで、聴く者を力づける強さが生まれている。また、M3での読ませるつもりが一切ないアートワークはともかくとして、今の志人のリリックは歌詞カードを追いながら聴くよりも、ただ耳で聴く方が頭に入ってくるのは興味深い。確かに細かいところで言葉が分からない箇所もある(M6「満月」での"森羅は言った"はいつも"親鸞は言った"に聴こえてしまう)が、それでも曲全体を考え時には文字を追うよりも耳から入ってくる方がそのテーマが正確に伝わっている。
本作では長尺のポエトリーリーディング曲があるものの、相変わらずの韻を踏みまくった高速ラップは健在で、しかも聴き取りやすい。それを可能にしているのは韻を踏むための言葉を無理に配置するのではなく、テーマありきのリリックが基本にあり、その中で丁寧に整備された石畳のように韻が積み重ねることで伝えたいテーマを届けるという一点に集中されているからだろう。リリックは滑らかさが増し、ラップはいくらでも高速になるし、しっかり文章になっているために聴き手も理解しやすい。
最後に話の展開の中で全く触れられなかったが、『
微生物EP』からの再収録となるM6「満月」の名曲ぶりは本作でも際立っている。内面を綴る2曲のポエトリーと震災があったことで生まれたM5の間に置かれ、穏やかに癒すかのようにぽっかりと夜空に浮いている。ソロでの代表曲のひとつだ。
初回特典冊子「Montréal Mémoires」
大半のページが2段組で、写真も多く掲載された全47ページの冊子。紹介動画がYouTubeにアップされている→
その1、
その2。"モントリオール・メモワール"の題名通りに2011年7月のカナダでの1ヶ月の思い出が独特の文章で綴られている。以下簡単にその内容と強く印象に残るエピソードを抜き出し。
冒頭に感謝の言葉が並べられ、1ページ目は「発酵人間」のリリックの抜粋。2〜3ページと見開きで機上の人としての文章が綴られる。
・〜Eric Gingrasとベランダのトマト〜
滞在中に身を寄せていたヘリオドロームのエリック宅の話。ヨガ。トマトの水やり。
・〜AUX VIVRES〜
モントリオールのビーガンレストラン。カナダのブロッコリー。
・Eric Gingras Interview
・Héliodromeと瞑想
メンバーのひとりKhyroの話。
・Khyro Interview
・PASCAL (y.p.l)
メンバーのひとり、パスカルの話。
・モントリオール大学内にあるラジオ放送局 CISM 89.3
【第一回目の放送】
番組名「Ghetto Erudit」2011年7月9日
キロと出演。番組の
ブログ記事に写真が掲載され、120分の番組もダウンロードできる。
74分辺りから英語によるインタビューが始まり、「ひかりごけ」やトライウン・ゴッズの「CORE」が流される。96分から107分までキロや地元のラッパーを交えたサイファー。志人は「満月」や「ニルヴァーナ」のリリックを引用。
【第二回目の放送】
番組名「États Altérés」2011年7月11日
ヘリオドロームと共に出演。上と同じく番組の
ブログで2時間の番組をDLできる。
冒頭で志人がフランス語で挨拶をしている。1回目で得た教訓の成果だろう。40分過ぎに志人がピックアップされ、そのまま彼選曲によるDJタイムが57分まで続く。リンク先のブログにセットリストがある。曲終わりに簡単な説明をしている。66分まで。
・Yoshimi & Yuka「UMEgination」(
YouTube)
ボアダムスのドラマーYoshimiとチボ・マットの本田ゆかによるユニット。
・SO「A」(
YouTube)
OvalのMarkus Poppとベルリン在住の日本人アーティスト豊田恵里子のユニット。
・Yamaan「Tabisuru Omoide feat. なのるなもない」(
YouTube)
・NAPSZYKLAT「ボノボの創造 feat. 志人」(
SoundCloud)
86分ぐらいで再び志人が声を発し、92分から2回目の志人セレクションが始まる。
・東京月桃三味線「月桃節」
・CHIYORI「Call Me」
・志人「発酵人間」
・降神「帰り道」
107分まで曲を流した後、111分まで志人による曲説明。「発酵人間」はこの出演した日に録音され、まだ完成されていないバージョンでの発表だと冗談交じりに話している。
【第三回目の放送】
番組名「Rythmologie」2011年7月14日
キロとふたりで出演。この番組はアーカイブがない。でも
ユーチューブにフリースタイル音源のみアップされている。
序盤のトラック: Sixtoo "Boxcutter Emporium Pt. 2"(
YouTube)
・Sally Paradise
「満月」の制作秘話。志人は楽曲を制作する際に最低500回は聴き込む。
・Sally Paradise Catherine Debard Interview
・〜道端で出会ったモントリオールの花々〜
白いアジサイ。
・〜私と野生動物〜
ウサギを飼っていた話。タイの野犬の思い出。「新潮」のロングインタビューでも語られていたレッドウッド森林公園のエピソード。
・Snailhouse「道 〜たまゆら〜」が出来るまで
メイキング映像がアップされている→
YouTube。アイディアに煮詰まった時に志人がピアノを弾いたという話がそのまま動画で見られる。
・KID KOALA Space Cadet Show
プラネタリウムでのライブを設営から参加した話。
・〜グラウンドホッグに恋をして〜
愛らしい巨大なリスの一種。
・〜野鳥に触れて〜
コマツグミ(American Robin)と「発酵人間」。
・KID KOALA Space Cadet Show
この場所でのライブの様子がアップされている→
YouTube。
・「人間復興」のできるまで 〜幾つもの奇跡と感涙〜
キッド・コアラとのレコーディングの様子。
・Thesis Sahibとロンドンの芸術家達
モントリオールの東、列車で6時間ほどの所にある街ロンドンで、「一物全体」にも客演しているセシスの家に泊まる。この日DJ KRUSHからビートが届く。
・bleubirdとの再会 〜Freebird号で北米ツアーへいざ出発〜
セシスの家でブルーバードと再会。志人も交えた地元メディアのロンドンFUSEとのインタビューがアップされている→
LONDON FUSE。
・〜ロンドンローカルヒップホップ〜
7月21日、ロンドンのThe Blackshire Pubのイベントに出演→
志人ブログ。
・bleubird
・〜ロンドンから謎の町Guelphグエルフへ〜
ブルーバードの拠点となるキャンピングカーを改造し、サウンドカーとしても機能するフリーバード号にセシスと共に同乗し北米ゲリラツアーを敢行。異様な町グエルフ。マッシュルームとトマトのハーフ&ハーフのピザ。
・MARC BELL
セシスの友人の漫画家。
・ティピの建つ河岸にて 〜Jesse Dangerouslyと路上ゲリラセッション〜
7月23日、「一物全体」に参加しているJesse Dangerouslyとのライブ→
志人ブログ。
・フリーバード号でモントリオールに帰還 〜終わりは始まりのそばに 始まりは終わりの隣に御座します〜
カフェオリンピコのアイスカフェラテ。
・我逢人 〜我、人と逢うなり〜
感謝の言葉。
・あとがき
"大きな船と小さな舟のお話"に例えて自身の生きる道を語る。
・自省句 〜岐路 あちらの道かこちらの道か〜
自分自身にいい聞かせる詩。
・注解
文中に登場するアーティストの紹介。
【追記】2012.08.10
・インタビュー →
blog
"実は私は以前22歳の時にカナダはバンクーバー、ウィスラー辺りに滞在しておりまして、当時「Heaven`s恋文」を制作しておりました。その当時はカナダに住もうとまで考えておりました"。志人とカナダの関係に始まり、本作発表までの彼の内面の歩みや、"腐敗"と"発酵"と"微生物"の関係など制作意図を詳しく説明していて興味深い内容。
・インタビュー →
Qetic
アルバムのコンセプトについては上のインタビューよりも編集の手が入っているためかもう少し分かりやすく説明されている。「遺稿 改 生こう」は2008年頃にすでにできていたとのこと。
・インタビュー →
shabby sic ポエトリー
各曲ごとの解説がある。「身土不二」では"曲中の詩の中で出てくる「あなた」とは、私は「木々」を指しています"とのこと。この曲では作曲に志人も名前を連ねていて気になっていたが、そのことについても説明がある。"竹で出来た笛の音と自身の声をループステーションでループさせて、BossのGigaDelayを使いエフェクト処理し、焚き火の音を織り交ぜて作曲しました。そこに、Scottがサウンドエフェクトを加えてくれました"。