現場、現場とアホのひとつ覚えのように唱えている人を時々ネットで見かけるけれど、お前は青島か、というベタなつっこみのひとつも入れたくなる。"現場"が本当にすごいなら日本のヒップホップはもっと売れているはずだし、例え"現場"がすごかったとしてもそれを音源として伝えきれていないから、今売れていないのだ。あっといわせるような本物の作品を出してから、でもCDよりライブの方がもっとすごいんだよという話なら納得もするけれど。
とはいえ、志人についてはめったに見られないので、平日の深夜でも見に行く。昨年の六本木のライブも江ノ島のライブも、もちろん阿蘇でのライブも見られなかったので、ステージに立つ志人を見るのは降神として出ていた
2006年12月のスイカ夜話以来になる。
とてつもない衝撃を与えてくれる、唯一無比のライブパフォーマンスだった。相変わらず神々しい。
志人とはバンクーバーの安宿で出会った(フライヤー参照)という「DJ 乱」が体の快感原則に忠実なビートを50分弱にわたって提供してくれた後の、3時19分、いよいよ志人劇場開幕。
「アヤワスカ」のイントロが鳴りわたる。垣間見えるステージ上では志人がハットを下に落とし、青いキャップをかぶる。上の写真がそれで、この曲の時だけ黒縁眼鏡に青キャップ姿だった。そういえば、
東大の五月祭で見たときも「アヤワスカ」の時だけサングラスをしていた。
"さあ これが意識革命の招待状"、というまさに志人のライブを体験した後に毎回感じる気持ちの変化を端的にいい表したリリックがラップされる。1曲目にふさわしい。"その先の行き先の道は思い思いの 重い重いリュックサックをすえながらも(?) 君なりにキラリ光り 切り拓いていけばいい!"と力強く歌い上げられて終わる。
続く新曲は、次の「EUFORIA」まで13分近くあるけれど、多分その長さ全部で1曲なのだと思う。"無関心じゃ駄目なんだ"というフレーズと、"この世は君が主人公"というラインが繰り返し挿入される。
冒頭では現在の世界をとりまく厳しい状況が描かれる。
"この時代も人類が憎しみ合い殺し合いを止めないのは望みがない 互いを理解することなく 無理解する未来は 愛の反対ばかりまかり通る世の中にどうかならないで 止まないミサイルの雨よララバイ"
同じ地球で暮らす私たちにとって遠くの悲劇は決して他人事ではなく、当事者でもあることを忘れてはならない、"無関心じゃ駄目なんだ!"と何度も訴え、"君にいいたいことはひとつ この世は君が主人公"と朗々と響かせる。
しかし世界のうまくいかない状況を憂えるだけではなく、だからこそ希望を胸に確信を込めた思いも語る。
"あなたのいない世界は世界と呼べない 俺たちはどれだけ君たちのことを待ち望んでいたことか 泥だらけになりながら どこか心が損なわれた世の中で探し出せた友の名は そこのあなただ それがいいたかった"
価値観の相違を認めることこそが大事だと続ける。
"みなが違ってみながいいんだ みなが違ってみながいいものを持っている 持っているとはいってもそれは目に見えるものではないけれど(中略)この世の全ての巡り合わせとは会うも自然会わぬも自然 合縁奇縁なる出会いの倫理 歩み難い心が合いまりて ものの見方やものの考え 諸々各々合い異なれど 子供の未来を思うなら分かりあえないことはない"
さらにたたみ掛ける。
"私たちはまさに今分かり合おうとしている You can do it 君にも何かできるはずだ 無関心じゃ駄目なんだ(中略)ナウシカのような優しい心を持つ子供たちがこう叫ぶ 今をしか見ないのではなく 今の**の未来を見ろ そこに生きる国人たちや動物たちはどう映る 約50年後には百万種類の動植物がいなくなってしまうというこの星を(中略)機械に支配され 愛し愛されたことのない子供たちが見えるか それとも人間と自然が豊かに笑い 疑いのない互いの愛で繋がり合う 豊かに笑うその姿が見えるか"
ここで、素朴な疑問が生まれる。
"「じゃあ どうして傷つけ合うの 人間は?」「そうだね 守るべきものがあるから傷つけてしまうのではなかろうか しかしいつまでも生み続けることができない儚き命を知った日からきっぱりと浅ましき災いを認めるんだろうさ」"
生まれてくる新しい命のために私たちがすべきこととして、志人が提案するのは自然との共生だ。
"人間も自然もそもそもパートナーなのだ 生きとし生けるものを乗せる宇宙船地球号という同じ希望の船の上に乗っかる乗客とみるのだ"
直後に上海のライブで"チベット"と連呼したビョークのごとく、"GREAT SPIRIT"という言葉を叫ぶ。この言葉って去年リリースが告知されたけれど、結局延期された音源のタイトルじゃなかったかしら。
"俺はこれだ 君はそれだ という絶対的な核があれば 世界中の核は必要なくなる"
以前のライブでも聴いたことのあるライムだけど、この言葉は真理のひとつだと思う。そのシンプルな至言に続くのは、人類の進むべき道を提案する。
"世界がひとつになるぞ ワンネス 世界はひとつ 先住の民よ どちらの道だ インディオ アボリジニ アイヌ ウタリ どちらの道だ どちらの道だ"
"GREAT SPIRIT 全ての人類は兄弟なり 私たちの話す言葉姿形は違えど GREAT SPIRIT 全ての命あるものたち みな同じ空の下で暮らす乗客とみるのだ あれはラッセル=アインシュタイン宣言のように"、という言葉に導かれて始まるのは、ある種の悟りを歌ったような「EUFORIA」だ。"愛を願う ないもの描き 最後の願い"のフレーズの直後で、"Free Tibet"を繰り返していた。
"私たちは泣き 笑い 踊り 騒ぎ 花開き 学び合い 形なき魂で分かち合い 悲しさに苦しそうに 嬉しさに楽しそうに 誰ひとり騙したりはしない優しさを抱き あなたたちは温かい眼差しを絶やさないで 腹立たしさや仲違いわだかまりも いつまでも変わらない飾らない心で 怒りなだめ空に掲げ 光与えよ"
ラップと同じぐらい巧みなアカペラを挟み、続くのは理念の中で描かれる自然ではなく、体験し、血や肉となっている自然を綴った新曲へ。
"霧がかかる高原の大木の切り株に腰をかけ 耳たぶに震う風に巻かれ 木洩れ日の微笑みに抱かれ"というリリックで始まり、"山寺の鐘が鳴れば腹空かせたカラスたちが慌てたように寝床と獲物を探して空騒ぐ空"や、"高千穂の山びこと共に"といったフレーズが差し挟まれる、ラップよりも歌メロに比重をおいた曲だ。花や木の生長を歌う詩が印象的。
"ありがとう 君と出会えたこと それは誰にも何にも変えられないよ ダイヤモンドよりも大事な人よ さあ一緒に歩み出そう 愛ある人々よ 世界はひとつだ どこまでも行こうと地球は繋がっている ワンネス 出会えた人よ 心おきなくどこまでも行こう もしもそこが好きならば留まってもみよう ちょいと草むらに寝転がってみてもいいよ ひょいと見上げる夜空にはひょっとしたら満月が見えるかもしれないんです 君よ何てすばらしいんだ 話せる笑える泣ける愛せる 人の心はまるで銀河 あまねく揺らめく 生まれる宇宙さ 広く青い淡い空の***に 辿り着く場所に やがて悟り宿りたまえ 名前のない便りを読むよ ひとりひとり祈り祈り命拾い それが出会いさ"
朗読のように語り出し、途中から歌になり、最後の方ではDJ 乱によるビートボックスも加わって、最後は"ありがとうございます"で締めくくった。
3時52分終了。次の本田Q、キャスパーエース、coba5000の名前を告げて引き上げた。
圧巻とはこういうライブをいうのだろう。ヒップホップではないという人がいてもそれはそうだとうなずいてしまいそう。ただ、言葉を使って思想を語る音楽表現がヒップホップとするならば、まぎれもなくヒップホップであり、またこのジャンルにとってとても重要なこととされているオリジナル度はとてつもなく高い。
吐き出された言葉のほとんどが理解できた。速射される言葉も同じように聴き取れ、ラップの技術はさすがだった。降神としてのアルバムは4年、ソロも2年と間隔があいてしまっている。けれど、その間に志人が学び咀嚼し言語化できるまでに至った思想はとても大きく豊かに成長しているようだ。その思想を定着させた作品を聴きたい。切実な願いだよ。このさいライブアルバムでもいいから。
【本田Q+キャスパーエース+coba5000】03:52〜4:14
衝撃の冷めやらぬステージに上がってきたのは、まず本田Q。"志人のライブでお腹一杯なんてことはないよね"、から始まりSDPアニのラップのようなゆるいフリースタイルが心地良い。
キャスパーエースが主役で、"I'm Hungry"とフックで歌われる曲が1曲目で、"坂道の途中MC"とラップするcoba5000の曲に繋げ、3曲目は本田Qによる"〜ない"で踏んでいく"何もない"ことを歌った曲。これがかっこいい。SDP的な楽しさがある。サイドにまわったふたりの掛け合いも絶妙でうまい。そしてオチがまた秀逸。"あれでもない これでもない それでもなければどれでもない"。楽しいなぁ。
キャスパーエースのややドスの利いた声と、coba5000のきっちりと正しく韻を踏むスタイル、やや飛び道具的な本田Q。キャラが立っているし、ホントうまい。次の3人でやった"きせい(規制・既成・寄生・奇声)"についての曲もダブルミーニング(ダブル以上だけど)をうまく使い、愉快な曲だった。
最後の曲に繋げる"すっぴん・ザ・シット"は感心を通り越して、笑ってしまった。その曲も"他人の定規で測っている正気 常識という名の非常識"というフックが印象的だった。WAQWADOMは終わってしまったようだけど、この3人で、名前も今のままでいいからずっと続けて欲しい。今日聴いただけでも5曲は新曲があるわけで、音源化はまだなのか。出せば傑作なことは確実だろうし、楽しみだ。
【MONJU】4:14〜4:30
"照明さん、すいませんが、明るいんで青だけでお願いします"、といってから始まったシャイな3人組、MONJU。決して好きなタイプのラップではないけれど、うまいのは分かる。ライブ慣れというか、3人の掛け合いも見事だし、ラフなように見えて結構練習を積んでいるのではと思わせるしっかりしたライブだった。
ところどころで聴き取れるリリックが強烈な印象を残すために、もっと聴き取りたいと思わせるところが憎い。そういはいっても特筆すべきはトラックのストイックなビートか。16FLIPが作っているのかな。SEEDAのリミックスアルバムも買ったきり聴いてないけれど、聴いてみようかしら。重く引きずるような、耳にするどく引っかかり体を揺するビートは爆音で聴いてこそ、意味があるのだろうけれど、非常に良かった。
いい加減長くなってきたけれど、もう一息なのでもう少し。
そもそもこのイベントはシンガーCHIYORIが主催の「TEC ROCC」というイベントで、今回で第6回になるようだ。志人や元WAQWADOMが出ていたのが第2部で、第1部にはLibra Recordの面々がライブをした。
環八を北上し、早稲田通りで左折ししばらく走ったところにある「中野Heavy Sick ZERO」に入ったのが12時40分過ぎ。DJ Top Billが回していた。数年前に出たアルバムはShing02目当てで買ったけれど、あんま聴いてないなと思いながら体を揺らしていたら、そろそろライブをやるので上に行ってくださいというアナウンスが。狭いハコだなと思っていたら、そこはラウンジだったようで、上の階のメインスペースにみんなで大移動する。"やや"広めの部屋に入る。
【麻暴】1:08〜1:24
一発目はライブラレコードから"囚人番号22番"の麻暴。レギュラーらしく、だからなのかグダグダなライブを披露。いかにもなMSCスタイルとBUDDHA BRANDをブレンドした感じ。PRIMALも参加するがグダグダさが加速する。突然呼ばれたようで、"こっからリリックが出てこない"なんてラップを聴いているとかわいそうになってくる。続いてTABOO1も登場す
るが事態は変わらず。
【少佐】1:24〜1:40
この人はいい。『
Libra Record. -天秤録音-』に収録されていた「プライスレス」を1曲目に持ってきて、2曲はプライマルも加わって「反骨精神」。フックの"カブール発国営テレビ 反骨精神 血のメッセージ"はすごいな。なかなか出てこないよ、こんな言葉。プライマルのアルバム『眠る男』は面白そうだ。麻暴、少佐、プライマルとうまくなっていくのがなんだか笑える。ノドの鍛え方が全然違う。最後にひとりでやった曲も生活と音楽活動についてのラップで、表現者の匂いがしっかり染みついたいい曲だった。
【ドグマ】1:40〜1:55
「ライブラのサテライト」というのは、MSCが1軍で、その下にいるという意味なのかな、よく分からないけれど、そのサテライトの一番下っ端というドグマ。曲よりもMCの方が面白いタイプ。ラップへの熱量はいやでも伝わってくるけれど、如何せん言葉を前に伝える技術がまだ足りない。でもすごくがんばっている感じが観客に温かい応援をさせるのだね。愛されているようだ。女性ラッパーが参加してなんだかもう統制が取れなくなった曲を挟み、"俺が捕まったときの話"をラップして、ようやく終わり。
【ANIS】1:55〜2:13
ステージに登場するまでのフリースタイルにセンスが感じられず嫌な予感さえしたけれど、曲のリリックは思った以上にまともで、あとはスタイルに合ったトラックで、言葉を伝えることに専念すればいいのに、と思いながら聴いていた。横浜のラッパーらしい。真摯に音楽と向き合ったリリックは悪くないし、ラップも下手ではない。華はないけれど。
【CHIYORI】2:13〜2:32
志人の頓挫しているプロジェクト、E.H.H. projectにも参加しているので名前だけは知っていたけれど、実際に聴くのは初めて。こういうインディーズの歌手というのは誰が曲を作っているのだろう。歌唱力と作曲の才能は別だと思うし、いい曲じゃないとせっかくの歌声が生かされないわけで難しいだろうなと思う。
渚の音で始まる2曲目は出だしが少しAJICO風でいいかなと期待したけれど、その後の展開が少なく残念な感じに。高い音が出せるとか声量があるとかは前提条件でしかなく、声を張り上げないところでどれだけ魅力ある歌を歌えるかということが大事だと思う。けれど、この歌手はやたらと声を張り上げたがり、耳が痛い。ライブを録音した音源ではなく、実際に客席で聴ければ分かると思うけどね。無理か。最後の曲はメロディも良くて、いい曲だったけど。
彼女がコーラスで参加しているというShing02のアルバムが今年の半ばに出るらしい。MCで話していた。本当に出るのか。不安もあるけれど楽しみだ。