はじめに。2011年3月11日14時46分、太平洋三陸沖を震源とするマグニチュード9.0の東北地方太平洋沖地震が発生した。その被害の甚大さは連日のテレビや新聞報道、あるいはTwitterなどを通して広く伝えられているところであり、おののくばかりだ。
東京住まいのためにほとんど被害を受けていないとはいえ、今まで経験したことのないゆらゆらといつまでも続く大きな揺れに軽く酔い、頻発する余震に怯え、テレビから突如発せられる緊急地震速報の音にまごつくことしきりだ。もちろん、被災地の苦労や悲しみ、怒り、恐怖といったものには及びもつかないわけだが、刻一刻と悪化の一途を辿っている福島の原子力発電所の異常事態もあり、以前はずいぶん安穏とした日々を送っていたのだなと気づかされている。
直接的な地震被害がなかった身としては、被災地に役立つことをやれることからしていこうと思う。アーティストたちも自分たちができることを、ということで次々と動き始めている。人気漫画家が被災地を勇気づけるイラストを公表し、ミュージシャンたちはYouTubeなどに自作曲をアップしている。
その中でもラッパーのHAIIRO DE ROSSIは、いち早く「PRAY FOR JAPAN」を発表した。最近の彼の動きはデビュー時の印象からずいぶん変わり、いわゆるコンシャス・ラッパーとしての側面を強くしている。新聞の見出しを読み上げるだけの社会派ではなく、足元の現実からじわじわと射程を伸ばし、自分の言葉で時事問題をラップするので、ただの報道に陥らない。その点にも強く"意識的である"彼のリリックは頼もしい。
トゥイッターのタイムラインに流れてきた順で、地震被害地/被災者に捧げられた曲を列挙。
・HAIIRO DE ROSSI
「PRAY FOR JAPAN」[
YouTube](リミックス用アカペラを彼のアカウントからDL可)
・S.L.A.C.K., TAMU, PUNPEE & 仙人掌
「But This Is Way」[
YouTube]
・不可思議/wonderboy (LOW HIGH WHO? PRODUCTION)
「生きる」[
YouTube]
・Paranel (LOW HIGH WHO? PRODUCTION)
EP『smile』[
HP]
・MITO (クラムボン)
「312 (a song dedicated to all the victims of east Japan great earthquake)」
・Mura-T a.k.a. Mulatino [
YouTube]
mixtape『0311 and 0314』[
SoundCloud]
・写楽 (岩手県盛岡のラッパー)
「2011/3/11」[
YouTube]
・ホフディラン
「スマイル」[
blog]
・EL NINO(Olive Oil + MC FREEZ)
「Love and peace to people on all the earth from Fukuoka」[
YouTube]
・S-SENCE (ex.LIFE ART VISION)
「20110311 (track by 130beats)」[
blog]
・Small Circle of Friends
「mountain top」[
blog]
・FESONE (ラッパー)
「Changes」[
YouTube]
・YuuyuAensland aka Cherry Brown
mixtape『#LSM0314_Yuuyu Aensland_Mix』[
HP]
・狐火
「被災地のあなたへ」[
YouTube]
被災地最前線から届けられた写楽のラップの生々しさとその気持ちの強さ。乱れる今の感情を丸ごとリリックに封じ込め、下を向くのではなく上を見ようと自ら奮い立たせるエッセンス。谷川俊太郎の詩を元にラップした不可思議/ワンダーボーイの「生きる」は今このタイミングで聴くと、背中をさらに強く押してくれる。スラックとパンピーの高田兄弟を中心にDOWN NORTH CAMPの面々が作った「But This Is Way」には言葉もない。内に向けて歌われるスラックと、外に向かう兄パンピー。本当に素晴らしい曲だと思う。
さて、本題。
MINT『MMM(MINT MEGA MIX) Edited & Mixed By PsycheSayBoom!!!』
2011年3月10日アップの無料ダウンロード・ミックステープ[
blog]。
25種類のカバージャケットが封入されているので、そのうちの8枚を選択。
/5点中
本当は独立した記事にしたかったのだが、震災被害のための曲と合わせて書く方が良いと思い、一緒にした。ミンちゃんの『MMM』は震災後さらにヘビーローテーション化している。本作は上に挙げた曲と同じぐらいに強く励まされる作品だからだ。11日以降聴いているのは他にもTony Kontanaの2本の
ミックステープやRIP SLYMEやMichitaの新譜があるけれど、落ち込む一方の気分を高揚させたい時はミンちゃんに限る。
ミンちゃんことMINTを簡単に説明すると、大阪を代表するヒップホップグループ韻踏合組合の一員でもあった神戸のラッパーであり、2004年に同グループを脱退してからは、2007年にソロでファーストアルバムをリリース。2009年5月に無料DLアルバムとしてMINT&Girlz N' Boyz名義で『
SUPER FREE』を、さらに2010年元旦にはフリーDLアルバムの第2弾として『
Girlz N' Boyz Presents sex, lies, and download file vol.1』を発表している。昨年は無料配信曲をコンスタントに出し、ネット上で常に注目されているラッパーのひとりだ。本作は2009年の『
SUPER FREE』から2010年のDL曲までをメガミックスさせたものとなる。
ただメガミックスとはいっても、サイケセイブーム!!!の名前がエディットとミックスで表題にクレジットされていることからも分かるように、元々の形がどうだったのか判別できないほどに編集の手が入っている曲が並ぶ。ダブルネームにしても良かったのではと思うぐらいで、そのミックスと編集手腕は気持ち良いほどに独善的だ。"緑のクサとか白い粉 紫のクスリとか必要ねー"と、"ジタニカ(自宅2階の意)"でラップするミンちゃんを強引にクラブに連れ出し、白い粉でも含ませて踊らせラップさせてしまった感すらある。つまり、ぶっ飛んでいる。
ミックステープの前半は、一昨年に出された『
SUPER FREE』や2010年初頭の『
sex, lies, and download file vol.1』からの曲が並ぶ。BPMが格段に跳ね上がり、目を回さんばかりのミンちゃんのラップが続く中、Cherry Brownが顔を出すM6「なんもない」辺りからその変態度も加速される。無地Tシャツがいかに素晴らしいかを力説するM7「Muji Tee (Remix)」ではベシベシと叩き付けられるベースがかっこよすぎる。そして白眉はやっぱりM9「おまんちょ」。卑猥な言葉が脳内でとろけ、もう放送禁止でも何でもないんじゃないと思い始めるところに、さらに脳の融解を促すシンセサイザーが挿入される。原曲も本作を予感させるクラブ寄りの音だったM10「No More Game」ではファミコンからの牧歌的なサンプリング音をここぞとばかりにどやしつけている。ここの流れは最高だ。
大ヒットアニメ「けいおん!!」の曲をリミックスしたM13「No Thank You (Remix)」やM14「ごはんはおかず (Remix)」は駆け足で過ぎ去り、数発の銃声を響かせてから始まるM15「Yeahでごまかしてる」はミンちゃんの曲の中でもリリックが際立って良いとあらためて実感できる。例えメロウだった原曲が加速させられていてもだ。
ミンちゃんが取り上げたことでAKB48への悪感情が大きく変わるきっかけとなったM17「Beginner」はもともとの曲のテーマを見事に自分のものとしている。"あの頃のあの音とミンちゃんはもう死んだんだけど / 閉鎖的なシーンだけの価値観で 適当に韻だけを踏んでりゃそれでいいんだけど / どうしてもそれじゃ納得いかねー"。続くM18「WHAT'S NEXT?」でも強いメッセージを発していて聴き応えがある。
Perfumeの「FAKE IT」をキャバ嬢物語に変えたM19「FAKE IT (キャバキャバRemix)」から、ももいろクローバーというアイドルグループの曲を実に楽しそうに歌い上げる流れの中に、再集結した韻踏合組合の曲を持ってくる面白さと、その違和感のなさが何ともすごい。さらにはM22「よりどりみどりー (ver.MINT的なん)」にJackson 5をかぶせ、しれっとPerfumeの「ナチュラルに恋して」をぶち込む力業から、そのまま同曲のリミックス曲(M23)へと繋ぐ手腕には喝采だ。そして、最後のM24「SUPER FREE」では吹き荒れる暴風雨になすがままとなり、43分間があっという間に過ぎて行ったことに気づく。
圧巻な後半の流れに、"もう戻ってこられへんようになっても知らんで"というミックステープ冒頭のミンちゃんの言葉を思い出すしかない。
楽曲を大きく作り替え、完全にダンスミュージックに仕立て上げてしまったサイケセイブーム!!!には脱帽する。それと同時にやはりみんちゃんもすごいなと思うのだ。ラッパーという言葉を用いて自己表現するアーティストが、その大切な言葉を決してないがしろにされているわけではないにしろ、踊るという機能性の前に屈した形になっているメガミックスであるにもかかわらず、自分の名前を冠した作品として許可を出したのだ。それには相当な勇気を必要としたはずだ。
ただ、その勇気は根拠のない自信から出てきたものではない。どんなにラップが早回しされても、ミンちゃんのラップだという高い記名性は失われることはないという強い確信があるからだろう。確かにリリックの内容からもラップスタイルもリミックスに選ぶ曲からも、曲が激変しているが、(振り返れば)ミンちゃんがいる。
サイケセイブーム!!!が創り出す無敵の高揚感とその陰に垣間見えるミンちゃんの勇気は、直接的な被害がなかったにもかかわらず、いつの間にか暗い気分に陥りがちなところを救ってくれる。音楽を聴くことでお腹が満たされることはないし、負ってしまった物理的な傷を癒すことも、減る一方のガソリンタンクをいっぱいにすることもできない。でも、ミンちゃんの新作は最初に列挙した曲たちと同じように、私の心を軽くしてくれる音楽だ。それは本当に尊いことだと思う。
1.いんとろ
2.イキそだもー
☆
3.何者だよ! (怒)
☆
4.noninonino feat. MINT / YAMANE
☆
5.あげてイイん? (Remix) feat. DJ KOSSIE & VECTOR
6.なんもない feat. ROM君 & Cherry Brown
☆
7.Muji Tee (Remix) feat. MINT / Cherry Brown
☆
8.売れないヘンタイ feat. MINT / Cherry Brown
9.おまんちょ / MINT & Cherry Brown
☆
10.No More Game feat. MINT / SEXY-SYNTHESIZER
☆
11.変形合体
☆
12.ッてか、社長!!
☆
13.No Thank You (Remix) feat. MINT / 放課後ティータイム
☆
14.ごはんはおかず (Remix) feat. MINT / 放課後ティータイム
☆
15.Yeahでごまかしてる
☆
16.翼をください
☆
17.Beginner feat. MINT / AKB48
☆
18.WHAT'S NEXT? / MINT VS DJ USYN
☆
19.FAKE IT (キャバキャバRemix) feat. MINT / Perfume
☆
20.ココ☆ナツ (Remix) feat. MINT / ももいろクローバー
☆
21.前人未踏 / 韻踏合組合
22.よりどりみどりー (ver.MINT的なん)
☆
23.ナチュラルに恋して (Remix) feat. MINT / Perfume
☆
24.SUPER FREE (The Lasttrak Dubstep Remix) / MINT×The Lasttrak
☆ from 『
Girlz N' Boyz Presents sex, lies, and download file vol.1』(2010)
☆ from 『
SUPER FREE』(2009)
☆ ミンちゃんの
SoundCloudで2010年に逐次発表されてきた単曲
M5 from 『DJ KOSSIE & VECTOR Presents SEX, LIES, AND SUPER DOWNLOAD
M8 from Cherry Brown『98% ちぇりー』 FILE』(2010)
M21 from 韻踏合組合『都市伝説』(2010)
M24 from MINT×The Lasttrak『だぶ☆すてEP』(2010)