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2021.02.10 Wednesday | - | - | -
無料配信ミックステープ7月号(2012)
2012年7月に発表された国産ヒップホップのフリーダウンロードミックステープの一覧。JPRAP.COM2Dcolvics、そして@KSK1988さん(最近呟いていなくて心配です)から情報を得ているおかげで、毎月首尾良く落とせています。感謝です。

今月S.l.a.c.k.のミックステープが出された時に再生できないという呟きを多く見た。ウィンドウズとマッキントッシュとの互換性に原因があるらしく、フリーダウンロードではよく起きる現象ではあるのだけど、困っている人もいたので対処法を記しておく。

上の画像(クリックで拡大)はそのスラックのzipファイルをウィンドウズで落とし、解凍ソフトで開いた直後のもの。上のバーにある"種類"の欄を見ると通常の"mp3ファイル"とただの"ファイル"が混在していることが分かる。この"ファイル"が問題となる。ただ、ファイル名("名前")の欄では末尾が"mp3"になっている。つまり拡張子が機能していないからmp3ファイルと認識しないわけで、ひとつひとつ手作業で"mp3"の前に半角でドット(".")を打ち込むと通常のmp3ファイルになる。jpgも同様。文字化けに関してはiTunesで読み込めばしっかり表示されるはずだ。



てっとり早くお勧めを教えてくれという方には上の3枚!左端は滋賀県のNakajiというラッパーの2.5枚目。基本的には昨年の作品のリニューアルだけど、音質も向上し、さらに魅力的な作品になっている。真ん中が福岡在住の18歳とまだまだ若いラッパー・NF Zessho(絶招)の2本目のミックステープ。最後右端は神奈川を拠点にしているCBSというグループで廃れつつあるヒップホップ美学を思い出させてくれる。ジャケットクリックでDL先に飛びます。



【○】N▲OTO T△G▼CHⓘ『Thug Life.EP』
2012.07.01 / 全12曲17分 / 320kbps / bandcamp
今月も勢いが止まらないナオトタグチのビート集。現在日本で一番量産しているトラックメイカーのように思う。収録時間も短いし、結構聴き込むのだけど、いまだに彼の音の良さを理解できない(全く琴線に引っかからないということではなく、十分かっこいいとは思うのだけど)のはヒップホップの本質を理解できていないからだとは思う。


【×】黄昏ビーツ aka SHIDO『ユーグレスクエアEP Beta Ver. MegaMix』
2012.07.01 / 全17曲60分 / 128kbps / SoundCloud
大阪在住のトラックメイカーのビート集。主にニコニコ動画で活躍しているよう。ただ、ニコ動のトラックメイカーにしてはきれいな上音を追求するのではなく、ボトムに力を入れている印象だが、モヤモヤした音になってしまい、曲全体がしゃきっとしない。当然展開も少ないものだから眠気を誘う。しかも60分と長い。


【○】NONKEY『NONKEY Pon Di Riddim』
2012.07.01 / 全5曲15分 / 192kbps / blog
配信終了。イベントでの名司会ぶりも際立つ横浜のラッパー・ノンキが昨年8月に続き今年もミックステープを配信。M2のみ既発。M1では定番テーマの"自画自賛"であっても才能あるラッパーの手にかかればこんなにも見違えて楽しくなるというまさに見本。弟子にあたるアイドルの窮地を言及したフリースタイルで始まるM3では現代政治を切ってみせるが、どの曲でも面白おかしく聴けることが基本にあり、さすがのひと言。


【△】舌坊『過ぎゆく日々と追いかける未来的な』
2012.07.02 / 全11曲30分 / 320kbps / Twitter
新潟出身、現在は都内で暮らす"たんぼ"と読むソロラッパー。『どうもです』(DL先)、『crush and build』(DL先)に続く作品。DJ HARAKIRIトラックが順当に減少し、本作では2曲のみで、残りは本人の手による意欲作。ビートに乗りきれないラップが微妙。また愚痴を歌うことは結構だが、ただこぼすだけでは本当に愚痴でしかなく、表現者なのだからハッとさせられるフレーズが欲しい。立ち上がることをテーマにする最後の曲でさえも、"光指す場所に向かってる"と手垢まみれの言葉が並ぶ。生音を利かした開放的なトラックの上で緩い歌フロウを乗せ、RIP SLYME的ともいえるM4やM7のフックなど耳を惹く曲もある。


【○】Oddbose『OddEye EP』
2012.07.03 / 全10曲20分 / 320kbps / bandcamp
OtomitsuとTakuanのふたり組のビート集。共同プロデュースではなくスプリットであり、前半がオトミツ後半をタクアンが担う。サンプリング色の強いヒップホップからR&Bへと向かうオトミツと、もはやヒップホップとは関係ない場所で音と戯れるタクアン。バンドキャンプ上には他にオトミツのミックステープが2本アップされている。


【◎】Nakaji『音洒落吐露(改)』
2012.07.04 / 全16曲45分 / 320kbps / bandcamp
滋賀県を活動拠点にする近江Records.のナカジが昨年出した2本目のミックステープ『音洒落吐露』(DL先)に新曲7曲を加えて再アップした作品。和のスウィングを意識的に使い、艶のあるテーマを積極的に盛り込んでみたりと、その辺のラッパーとは一線を画すスタイルを確認できるとともに、新曲ではNARAPAGOS所属のT2Rの音の上で遊び、風営法に異議を唱えたりと幅をさらに広げている。また、格段に音が鮮明になったことで、既発曲の印象も以前聴いた時とずいぶん異なる。特にM3が加えられたことで、小名浜のラッパー・鬼を彷彿させる攻撃性がより際立つ。

このラッパーは本当に面白い。ヒップホップはアメリカが本場ということでどうしてもそっちに目が行ってしまう。その距離感にそれぞれが気を使い、今はできるだけ近づいたスタイルが主流となっているわけだけど、反対により日本に、しかも古いポップスを取り入れつつヒップホップをすることは可能だと思うのだ。現に、鬼がそうだし、降神の志人も童謡に近い素朴なメロディを意欲的に取り込み、リリックには古語まで忍ばせている。特に志人の最近のラップを聴いていると、日本のラッパーがまだ気づいていない鉱脈をひとりで掘り続けている印象がある。話がそれてしまうが、誰もが同じすわっぐなラップをしていても面白くないのだ。正しいイントネーションの日本語を使っても、流れるフロウは生み出せるし、押韻だって可能だ。ワビサビなんていうものも日本語を使っていれば自然と備わる。いい過ぎかもしれないが、彼には国産ヒップホップの新たな可能性を感じさせる。

歌詞欄にある案内によれば、年内中にファーストアルバムを発売するという。楽しみだ。


【△】Majikichi Crew『R-MKC』
2012.07.05 / 全16曲79分 / 160kbps / Twitter
HAIIRO DE ROSSIを中心にしたHOOLIGANZのアルバム『S.K.I.L.L.Z.』からEeMuがプロデュースしたグループ名と同名の楽曲を、トゥイッターで親交を深める素人ラッパーたちがリミックス(M1)。その5分弱のマイクリレー曲をフリーDL界隈で活躍するトラックメイカーたちがさらにリミックスした15曲を収録。従って時間と気持ちに余裕のある人向け。ホシノコプロやBeatPoteto、Artbakelyらの奮闘ぶりを楽しむのもありかも。


【○】N▲OTO T△G▼CHⓘ『Dope Chef EP』
2012.07.05 / 全15曲20分 / 320kbps / bandcamp
ナオトタグチの今月2本目。先々月にCD-Rでリリースされたアルバムの紹介文を読むと、海外レーベルからも作品を発表したりしている活動歴の長いアーティストとのことだ。権威に太鼓判を押されるとそうなのか!となる悪いクセがあるのだけど、"輪郭がぼやけた独特の質感と煙たさを放つロウで図太いビート"というのはなんとなく分かる。


【○】BeatPoteto『MASHED UP POTETO BEATS(320)DL
2012.07.05 / 全8曲36分 / 320kbps / HP
フリーDL楽曲を多く配信するトラックメイカーの中でも打率の高いビートポテトのマッシュアップ集。ももクロとダブステップを組み合わせ、かわいらしいアイドルソングを蹂躙し、あるいはPerfumeにHouse of Painを掛け合わせジャンプさせてみたり、間違いなく踊らせるダンスミュージックを作り上げている。日本語ラップからはKTCCとSaori@destiny、nobodyknows+とsupercellがあり、どれもテンションの高い仕上がり。


【○】Cherry Brown『Where's Tha Lovvve NODJ VERSION』
2012.07.07 / 全25曲74分 / 192kbps / blog
トゥイッターのフォロワー数が4千人突破したのを記念してようやくアップされた、2010年発表の5本目のミックステープのNO DJ版。チェリー・ブラウンのラップは正直巧いとは思わないし、トラックメイカーとしての最近の目覚ましい活躍を見れば、ビート作りにこそその才が発揮されると考える。ただ、彼のラップは楽しい。音楽に対する姿勢や洋楽とのバランス、選ぶテーマのセンス、それよりなによりラップすることの楽しさがリスナーに素直に伝わってくるからだ。不思議な魅力だと思う。

現在の彼は正規盤を出すべく四苦八苦しているところだが、一般発売されることで自由なラップスタイルが失われるとしたらそれは非常に悩ましいことだ。アメリカで始まった現在のミックステープ文化をいち早く日本で取り入れた彼こそが商業的にも成功を収めることが理想ではあるが、呼吸するように日々のよしなしごとをラップしてしまう今のスタイルも保ち続けて欲しい。

25曲も収録され74分と長尺なのだけど、M9の中盤以降急激に聴きどころが増えることもあり、それほど長さを感じさせない。


【○】VA『KREVA Remixies〜「Connect to Connect」』
2012.07.07 / 全11曲46分 / 320kbps / blog
asahiyanやBeats Zan、gesubi(GESUBEATS)、muzi9uestといったフリーDLでリミックスを頻繁に放出しているトラックメイカーたちによるクレバのシングル曲リミックス集。おかしな冒険をせずにクレバのラップが生きるよう作られた楽曲が並ぶ。その中でも「音色」のM4と、「C'mon, Let's go」のM9は新鮮だ。「OH YEAH」を改変したM11は原曲の眠さが消えていい塩梅。曲のかぶりがなければなお良かった。


【○】okadada『When The Night Falls』
2012.07.09 / 全9曲35分 / 320kbps / bandcamp
2009年のクリスマスイブ深夜。ユーストリームでのDJプレイで多くの孤独な人間を熱狂させた男のビート集。夜も更けてから聴くのが似合う音で、連日続く熱帯夜に冷房でキンキンに冷やした室内で流せば、男女の睦ごともはかどりそうだ。ただ、機能性だけを追求しているわけではなく、美学も主張されていて、後半はややアーティスティックになりすぎな気もする。M5のような語りかけてくる楽曲などはもっと長い物語で聴いてみたい。


【△】OMSB『Shaolyn Smellz (笑)』
2012.07.09 / 全6曲14分 / 320kbps / Twitter
SIMI LABのOMSB'Eatsが先月の『Kitajima "36" SubLaw 』(DL先)に続き今月もビート集を出してくれた。邦題は"少林の腐臭"とのことで、本人の呟きによれば、"昔ヤケクソで作ったWuっぽいと自分で思ってる"ビートらしい。確かにその雰囲気は感じられなくもない。聴き所があるとすればM5とM6。


【○】Momose×Gotakozo『Tuesday EP』
2012.07.10 / 全7曲17分 / 320kbps / bandcamp
LOW HIGH WHO? PRODUCTIONに所属するラッパーMomoseと同じ長野在住のトラックメイカーGotakozoとのコラボ作。昨年の『Monday EP』(DL先)に続く1年ぶりのフリーDLミックステープで期待していただけに嬉しい。センスの良いトラックと心地の良い文系ラップの組み合わせは今回も変わりなく楽しませてくれる。特にM2の前に進めない現状を憂えるラップやM3のビートは完全に好み。特徴のある声質や丁寧に音を構築しているビートが良いだけに、だからこそもう少し引っかかるアクの強さがあってもいいのかも。


【○】釈迦坊主『蜜柑と二郎と腐食 EP』
2012.07.10 / 全9曲30分 / 192kbps / HP
アクの強さでいえば評価するしないは別にして釈迦坊主はすごい。4月の作品(DL先)に続き早くも2作目。確固たる世界観が確かにあって、それを理解できているわけではないのだけど、ヒップホップは独自であることが尊ばれるわけで、そういう意味では面白いことをしているラッパーといえる。少し変わったラップとビートが聴きたい人にお勧め。Jinmenusagiやハシシらが客演していることもあり、前作より聴きやすい仕上がりになっている。


【○】N9nety-One『Waste of Early Afternoon』
2012.07.11 / 全11曲30分 / kbps / blog
GACOとSWITCHIの2MCを中心にしたナインティ・ワンが来月発売のファーストアルバムを前に4本目のミックステープをアップ。すわっぐなフロウと幅のある曲調やテーマ、高揚感を持ち合わせるオリジナルトラックと、なるほど正規盤を出すのも納得な巧さがあるが、肝心要のラップが誰々風にしか聴こえない。1作目を聴いた時にも忌避感を抱いたが、いまだその時の印象を拭えない。最初は物まねでもそれを続ければやがては自分の物になるのかもしれない。ただ今のままではアルバムに手を出そうとは思わない。


【○】K-One & Sanada『Dirty Soul EP』
2012.07.17 / 全6曲15分 / 320kbps / bandcamp
新潟のラッパーKワンが、トラックメイカーOsamu Ansaiとの4月の無料配信シングル(DL先)に続き、今度はサナダというトラックメイカーと組んだ6曲入りのミックステープ。ジャジー主体のトラックに乗せられるラップは黒さを志しつつも寡黙よりはソウルフルを選ぶようだ。また、基本的にはままならぬ人生に憤るリリックがある中で、アニメ好きを告白したりとよく聴くと一風変わったラップをしている。


【○】supple『EASY PACK EP』
2012.07.17 / 全9曲25分 / 320kbps / bandcamp
山口県生まれ現在は神奈川県相模原市在住、ヒップホップグループCBSの一員でもあるサプルのビート集。前半は大方の楽曲を手掛けたCBSのトラックとは違い、意外なほどキラキラとした上音がかぶせられた楽曲が並ぶが、やや単調だ。M4からのラップを乗せやすそうな落ち着いた路線はさすが聴きやすく、M8での味のあるループは素晴らしい。かっこいいビートが揃っている。


【○】SOARA『SOARA the BEST MIXTAPE 2010-2012 Mixed By DJ NOLI』
2012.07.18 / 全24曲45分 / 192kbps / Twitter
神奈川のソロラッパー・ソアラの楽曲を客演曲やコラボ曲も盛り込みDJノリがまとめたもの。最近の曲を聴くと以前のような物まね臭さが減少し、ずっと良くなっているが、ラップの軽さは変わらず。軽さはポップさでもあり、変にヒップホップヒップホップしている路線より、普段ラップ音楽を聴かない層の受けは良いのかもしれない。DJが各曲を繋ぐ構成のためスキルともいえない無駄なひけらかしが随所に差し挟まるのが余計。


【○】Ghost2Ghost『Red Tape』
2012.07.18 / 全16曲20分 / 320kbps / bandcamp
昨年末にファーストアルバムを出し、間髪入れずに配信限定で11ヶ月連続EPリリースを続けているLHW?所属のイームの別名義Ghost2Ghostのビート集。無愛想極まりないボトムがおかしな気持ち良さに繋がるM1に始まり、とにかく無駄な音がないからこそ音が上下左右ななめに伸びていき、聴き手の想像力も浮遊し始める音が並ぶ。最後は夏らしく芸人・島田秀平(でいいのかな?)の"ゾッとする話"で締め。


【○】De La Mare『Magnitude X』
2012.07.19 / 全13曲28分 / VBR / SoundCloud
昨年夏にアルバムとミックステープ、フリーDL曲を立て続けに出した渋谷を中心に活動するヒップホップグループX&TRICKSからDe La Mareがソロとして発表。巧そうな雰囲気のラップではあるが、リリックに耳を澄ますとふわふわしていてさっぱり。リリックの埋め込みに気づき、慌てて見てみると結構世間に物申す的な言葉が並んでいる。そうなると、伝わらないラップは一体何のための表現なのだろうとなる。録音状態も悪い。以前はバックにham-Rがいたが、今回関わっていないようだ。


【○】mocsmall『long long line』
2012.07.19 / 全8曲24分 / 320kbps / bandcamp
この人もLHW?所属のトラックメイカー。今月の彼らの活躍ぶりはすごい。本作は"2009年あたりに作ったけど公開していなかった"ビート集とのことで、鍵盤主体のゆったりめの楽曲が並ぶ。音の重なりや響きは面白かったりするが、やや単調なため実際の曲の長さよりも長く感じる。


【○】SUPER SONICS『SUPER SONICS THE MIXTAPE: SUMMER GIFT』
2012.07.19 / 全37曲47分 / 320kbps / blog
夏らしい新旧の洋楽ヒップホップやR&BをDJ威蔵が繋いでいく中で、相棒のTARO SOULがホストMCとして振る舞い、うち7曲でリミックスし日本語でのラップを乗せる。かつて「HIP HOP HOORAY 2008」で原曲フロウを日本語に翻訳していた巧みさはここでも発揮されているが、M5はさすがにバカにしているようにしか聴こえない。それ以外ではユニットを組んでからの好調さを証明するかのように勢いに乗った彼のラップを短いながらも堪能できるわけで、もう少しリミックス曲があると嬉しかった。


【○】COASARU『融合』
2012.07.19 / 全10曲23分 / 160kbps / HP
LHW?主宰Paranelのトラックメイカー名義コアサルの新作。周辺のラッパーを招集しリリースされたセカンドアルバム『分裂』の"2.1 ver."に当たるという。『分裂』は未聴なので、本作がリミックスなのか完全新作なのか不明で、しかも客演が表記されていないため、参加ラッパーの詳細は分からないが、YAMANEやELOQ、daoko、丸らがいるようだ。ひりつくような切迫感のある音の上にLHW?が文系集団ではもう括れないような勢いのあるラップが乗せられる。パラネル名義での音を聴く機会が多かったので、コアサルでの暴力ともいえる音に驚かされたし、同時にかなり魅力的だ。


【○】Ghost2Ghost『Ghost2Ghost (REMASTER)』
2012.07.20 / 全18曲46分 / 320kbps / bandcamp
先の『Red Tape』の評判を受けて、イームが2010年に無料配信した作品をリマスタリングし直し再アップ。"架空のホラーサウンドトラックをイメージ"したものということで、『Red Tape』の最終曲とはまた別の意味で耳で聴いて涼しさを味わえる楽曲が収録されている。曲名からもイメージが広がる。欧米ホラーを連想させる音だが、もし彼が日本式ホラーのあの生理的に嫌悪感を抱かせる音を制作したとしたら、夜中には聴けない作品になりそうだ。M17は怪談でゾワッとさせられる。締めはもちろん山崎ハコ「呪い」。


【○】雪猫『思い出.zip』
2012.07.20 / 全5曲15分 / 160,320kbps / YouTube
配信終了。愛媛の18歳のソロラッパーの作品。M1の冒頭、"初恋はおかあさん"とあり、その率直な吐露ぶりはある意味パンチライン。描かれる貧乏物語が実話か創作かはともかく、せっかくの重いテーマをその本来の重量を保ったまま伝えられていない。セラピー的なものだとしても表現の核があるだけにもったいない。その一方でその不器用さや不安定な録音状態こそが生々しさに繋がっている面も否定できないわけで難しいところだ。


【△】3&ONE『Back to Da 23rd』
2012.07.20 / 全6曲21分 / 320kbps / bandcamp
配信終了。一部で話題になったjjjjも所属するFive Star Recordsに籍を置く、東京練馬在住のソロラッパー・スリーワンの6曲入りミックステープ。派手さはないが堅実そうなラップは好感が持てる。が、使われているビートとの相性に疑問を覚える(特に前半)。男臭い濃いヒップホップが好きな人にお勧め。


【○】Y.A.S『Groove Room』
2012.07.20 / 全5曲15分 / 320kbps / Twitter
配信終了。UMBで活躍していたというソロラッパーY.A.Sが2006年にリリースしたミニアルバムを今回無料配信。ジャケットから受ける洒脱さはなく、SEEDA以前によくいたタイプの日本語ラップ。MCバトルでは違うのだろうが、言葉を光らせるパンチラインがほとんどなく、フロウで辛うじて持たせている。


【○】OHRAL×DJ HARAKIRI『あゝ無情』
2012.07.20 / 全9曲15分 / 192kbps / YouTube
LBが製作総指揮をして、町工場スタジオが関わっているのに、このラップスタイルは何故と思ったら、オーラルがDJハラキリ共々新潟出身で、LBと同郷だからか。LBにも通じるユーモア溢れるスキットを挟みながら、DJハラキリの分かりやすい明るさのある音と、表面を取り繕うも暗い内容という対比は面白いが、オチも含めて聴き手としてはどういう気持ちで聴けばいいのか分からない。シリーズ第1弾らしいけれど、これが続くの?


【○】daoko『初期症状』
2012.07.20 / 全6曲16分 / 160kbps / HP
1997年東京生まれ。LHW?の秘蔵っ子15歳の女子高生ラッパーの初期音源集。不可思議/wonderboyの新作で印象的な歌声を響かせていたが、本作でもその危うさを内包する声はやはり武器となる。ただ、トラックに耳が行きがちでラップは音として自然に処理してしまう。とはいえ15歳なのだ。その前途は可能性しかないし、しかも才能ある若手の発掘に実績あるパラネルが太鼓判を押しているわけで、きっと大成するのだろう。


【○】5lack『情』
2012.07.20 / 全9曲30分 / 160kbps / blog
5lack(あるいは"娯楽")名義で最近活動しているS.l.a.c.k.の初となるミックステープ。フリーDL全盛の国産ヒップホップにあって、自作曲を無駄に配布することなく全てしっかり値札を付ける毅然としたアーティストという印象があったが、さすがに全編久石譲の曲をサンプリングしているだけあって売り物にするのは難しいと判断したのかフリーでの発表となった(無料であっても訴えられる可能性はあるわけだけど)。

ビートだけかと思ったらきっちりラップを乗せられている。が、昨年の傑作アルバム『我時想う愛』と比べてしまうと、楽曲としていささか頼りなく、位置づけとしてはセカンドアルバム『WHALABOUT』とサードの間に出された2枚の習作ミニアルバムに似ている。海外のトラックメイカーCES2や、PSGの盟友GAPPERとのコラボ作を経て、自身が尊敬しているという久石譲の曲をいじり、次に向かう場所がどこなのか分からないが、フルアルバムで見せてくれる新しい景色が今から楽しみだ。


【○】K-One『Fuxxxxxxckkkk ILL EP』
2012.07.20 / 全5曲9分 / 320kbps / bandcamp
3日前にアップされたコラボ作に続き、今度はソロ作。トラックも本人の手による。自分を罵倒しろと煽る曲で始まり、部屋に誰かがいると怯えてみたり、自分は正常だといい張ったり、やや神経衰弱気味なラップが並び、最後にアコギのさわやかな旋律に乗せて俺は狂ってのかと自問自答する。少し不思議な言語感覚やテーマの選択もあり、どこから本気でどこまでがギャグなのか分かりにくい面白さがある。


【○】Y.G.S.P『2012 Essential Mix』
2012.07.22 / 1枚ファイル57分 / 320kbps / SoundCloud
SchumaとYossieからなるプロデューサーチームが2010年からの3年間に手掛けたプロデュース曲やリミックスを1時間にまとめたもの。最近の邦楽ポップスをリミックスするシリーズも興味深かったし、ICE DYNASTYとの仕事も充実したものだった。特にここに収められている日本語ラップをリミックスしたときの音は相当に刺激的だ。そんなコラボがあったのかという未発表曲(片方の旬はずいぶんと過ぎているけれど)も収録されている。しかし、ham-Rの復活はまだなのか?


【○】N▲OTO T△G▼CHⓘ『Dirty South Loop In Sgm EP』
2012.07.23 / 全7曲8分 / 320kbps / bandcamp
今月3本目となるナオトタグチのビート集。一度日本語ラップをネタにした作品も聴いてみたい。


【○】Osamu Ansai『Longtime Romance』
2012.07.23 / 全7曲28分 / 320kbps / bandcamp
上でも紹介しているように、新潟のラッパーKワンとのコラボ作(DL先)も出している同じく新潟のトラックメイカーのビート集。以前に角松敏生のエディットも無料配信していたが、アーバンミュージックということで連想させる音が並ぶ。okadadaの先のビートよりも本作の方が典型的な都会音楽といえるし、機能的だ。


【○】hi-def『stand alone complex』
2012.07.24 / 全9曲25分 / 160kbps / HP
北海道のヒップホップグループCIAZOOの創立メンバーのひとりで、2010年末にリリースしたファーストアルバムではアンダーグラウンドビジネスを紹介していたラッパー兼トラックメイカーのhi-defも、ついにミックステープ戦線に参戦してくれた。スラックのところにも書いたが、この辺りの一定の評価を得ているアーティストは、自作を安売りしない印象を持っていたので意外だ。アルバムには裏街道を熱心に歩く人間らしくハッとさせるパンチラインを散りばめていたが、本作にはそれがないため、北の偉人から受け継いだカタカナ英語を駆使したラップはただルーズなだけにしか思えない。前日に発表され、idealというグループを一緒に組むことになったERAが1曲で客演している。


【△】ハハノシキュウ『hahanoshikyu nitchR Remixes』
2012.07.24 / 全7曲32分 / 320kbps / bandcamp
沈黙を語る人が全曲プロデュースし、5月にリリースされたハハノシキュウのファーストアルバム『リップクリームを絶対になくさない方法』のリミックス集。日本語ラップファンにはMCバトルでの活躍で知られる沈黙を語る人は、"日本のハードコアテクノ黎明期(90年代中盤頃らしい)から活動する"アーティストのようで、リミキサー陣にはそのツテで選ばれたと思しき耳慣れないアーティスト名が並び、しかも音が相当に暴力的だ。耳が痛い。ただ、時折聴こえるラップもDotamaに輪を掛けた狂暴性をはらんでいるし、必然の組み合わせなのかも。なお、ハハノシキュウのアルバムの全曲インストもフリーで配布されている→沈黙を語る人『リップクリームを絶対に隠さないことに決めた』(DL先)。


【○】NF Zessho『092 EP』
2012.07.24 / 全9曲24分 / 320kbps / YouTube
ラッパーとしては絶招を、トラックメイカー名義ではGudamanssを使い、精力的に曲を発表している18歳の若者が久し振りに地元福岡に帰郷し制作したミックステープ。名義は"ナチュラルフリークス絶招"の意でこれからはソロ作の時に使っていくそうだ。絶招の方がシンプルでいいと思うが・・・。

以前フリーで出した『DEMO EP』や、通販で限定発売していたフルアルバム『let you know EP』を"今すぐデスクトップのゴミ箱へ!"と語るほどの意欲作であり、確かにその2作よりも印象に残る曲が収録されている。それがM4とM6で、スラックの魅力のひとつだった何でもない日常を何か特別なものに見せる魔法を彼も使ってみせている。M6の歌ものフックも魅力的だ。

その一方で、素人目にも分かる大きな変化があるのかなと期待しただけに、M4と6以外に見出せない点で残念に思う。福岡行きの深夜バスに乗り込むM1に始まり、最後の曲で故郷に挨拶を送ってみせるが、もっと具体的にこの半年で得た心境や環境の変化をリリックに織り込んでも良かったと思う。ただ、その2曲が本当に素晴らしく、しかもそうした名曲の作り方を会得した感があり、これから楽しみなラッパーだ。
<インタビュー>→SCUBA


【○】CBS『2010-2011』
2012.07.25 / 全11曲36分 / 320kbps / bandcamp
4月に500円の値段を付けてバンドキャンプにアップしたものの、4DLしかなく今回無料配信となった作品。メンバーのサプルは上にあるようにすでにビート集を発表しているが、神奈川県・青葉台を拠点とするらしい彼らのグループとしての全体像は検索しても全然出てこない。しかしそんなことは関係なく、ジャジー気味のサンプリングビートの上で男たちがゆるくマイクを回す、正しくヒップホップマナーに則ったスタイルは素直に気持ちいい。


【○】将絢『NO COMMENT』
2012.07.29 / 全10曲31分 / 320kbps / blog
7月2日に突然ブログ上でRomancrewからの脱退を発表し、衝撃と共にひとりでやれるのかという心配もさせた将絢が早くも行動を起こした。しかもA$AP RockyやBig Sean、Soulja Boy、あるいはLil Wayneといった今の米国ヒップホップの曲をリミックスしている。これは意外。もっと驚かされたのはどの曲も彼の男前の声が乗せられると完全に彼の曲になっていることだ。ロマンクルーとしてラップは正直いえば苦手だったが、本作で聴ける独特の間を生かしたフロウは魅せるものがある。


【○】10.010『00.000』
2012.07.29 / 全7曲28分 / 160,256kbps / blog
1月にソロでミックステープを発表していたれとがX-hazeと組んでいるラップデュオ10.010の初音源集。れとの作品はラップへの不安が先立ったが、本作はラップに溌剌さがあり、トラックの良さとも相まって意外なほど聴ける。ニコ動ラッパーのような早口で韻だけを細かく踏んでいくスタイルは苦手だけど、それが彼らの売りであり、M3などは音も含めて楽しめる。


【△】KYU『THE PRESSURE DRUNK EP』
2012.07.31 / 全7曲27分 / 320kbps / bandcamp
お題となるインストを使い72時間で曲として完成させ競い合う"Urban Sampler Session"を企画していたBeat Train Recordingsの新企画で、そのセッションを通して繋がった全国のトラックメイカーから毎月ひとりを選び音源を出していくという。1回目の今回はBTRの新代表になった熊本在住のKYU。リマスタリングした過去音源はシンプル過ぎるループ曲が並び、もう少し展開に変化が欲しいところ。



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<まとめ>
2010年〜2011年1月〜8月分 Tegetther
2012年1月分 blog
2012年2月分 blog
2012年3月分 blog
2012年4月分 blog
2012年5月分 blog
2012年6月分 blog

・「JPRAP.COM presents "The Se7en Deadly Sins"」 →記事(2011.05.26記)
  2010年の主要フリーダウンロードミックステープについてもある程度まとめてある。
・「昨今の国産ヒップホップ・無料DLミックステープ事情」 →記事(2011.09.30記)
  2011年前半の作品に焦点を当てて書いた記事。
・「VA『Fat Bob's ORDER vol.1』」 →記事(2011.10.07記)
  記事の最後に名古屋関連のミックステープのまとめがある。
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2012.07.31 Tuesday 23:59 | 音楽 | comments(0) | trackbacks(0)
志人・スガダイロー『詩種』

2012年8月2日リリースのラッパー志人とジャズピアニスト・スガダイローのコラボアルバム。
/5点中

異色の組み合わせと形容されるふたりの初対面ライブを見ている。2010年9月に東京荻窪にあるライブハウスvelvetsunで行われたセッションライブだ。事前の練習や顔合わせもなく、当日初めて会ったふたりは軽く挨拶を交わしただけで、ピアノ対言葉を使ったパフォーマンスの真剣勝負をいきなり繰り広げたのだ。志人の実力の程はこれまでのライブですでに知っていたが、初めて聴くスガダイローのピアノのあまりのすさまじさに圧倒された。切っ先の鋭い音が雨あられのごとくはじけ飛び、旋律を恐ろしい程に躍動させる演奏に聴き入るというよりも見入ってしまった。

さすがの志人も形勢不利かと思ったが、自作の曲からフレーズを引用したフリースタイルでもって応戦し、時に滑らかな押韻を織り交ぜた速射砲のようなラップで、時に童謡のような耳馴染の良いメロディを持った歌で、己の世界観を構築していく。自分の世界を誇示し合うだけではなく、最後の瞬間に向けて音楽で対話していたふたりはおそらく当人たちも想像していなかっただろうひとつの言葉を生み出した。まさにその場にこそふさわしい表現であり、ある種感動でもあった。

"生まれたよ"、と志人は最後言葉にしたのだ。ピアノとラップが互いに相手を鼓舞し合い運んでいた何か。その何かが最後の瞬間にこの世に誕生したのだろう。その生まれたものを大切に育み、完成させたのが本作なのだと思う。2010年9月の初顔合わせライブから今回のリリースまでの間に一度だけ同じ場所で、今回参加しているバンドメンバーも一緒にセッションライブを行っている。その時にはすでに本作に収録されているそろばんの歌M5「珠算遊戯」が披露されていて、ふたりによるコラボアルバムが夏頃リリース予定だという案内もなされた。

本隊のラップデュオ・降神での活動は滞っているものの、志人はソロでは精力的に動いている。2011年には前年にカナダに渡りレコーディングしたTriune Godsとしてのミニアルバムを出し、さらにはソロ名義で『微生物 EP』を、8月には2度目の渡加をし、今年3月セカンドアルバム『発酵人間』をリリースした。

ほとんど録音物を出していないそれまでの状況が異常だったとはいえ、一転リリースラッシュとなり、さらに今回のコラボアルバムまで制作され、さすがに驚いたが、さらに驚愕させられたのはほとんどが新曲であることだ。セッションライブの時と同じように既存曲のリリックの切り貼り的なラップで、ジャズらしいライブ録音になるのだろうと高をくくっている部分があったのだけど、ふたを開けてみたら嬉しいほどに真新しい言葉が並ぶ。しかもジャズバンドとの共演という挑戦だけではなく、自らの表現の幅を大胆に広げる試みも行っているのだ。

志人が新たに踏み出した表現方法は彼がそれに手を出しても何らおかしくないものであるが、しかし同時にそこに行ってしまったのかと残念がる声が出てくることも容易に想像できる。なぜなら彼は今ではやや神格化すらされている降神の一員として「時計の針」や「ロックスターの悲劇」を制作した気鋭のラッパーでもあるからだ。そういうファンの思いも理解できるが、最近文芸雑誌「新潮」のロングインタビューで語っていたような心境や環境の変化を考えれば、志人の方向性に納得がいくし、以前のような尖った怒りこそないものの、今の彼には歌を取り入れたことでより深くより遠くまで届けようとする強い表現欲求があるように感じられるのだ。言葉の選択、メロディの冴え、フロウの幅、テーマの深さとどのラッパーとも違う彼なりの表現を行っていて頼もしい限りだ。


長々と書いたのに中身に触れてないことに気づいた。ようやく本題。


29面立体という特殊パッケージを丁寧に開けていくと、レンゲショウマの花が咲き、金冠日食が現れる。これまで色々なCDを聴いてきたけれど、このデザインを初めて目の当たりにした時、驚きを通り越してあきれてしまった。発案者を目の前にしてアホかと呟いてしまったほどだ。この特殊パッケージについての思い入れは最後にたっぷり書いている。

素晴らしく凝った意匠に主役となる音と言葉は当然負けていない。志人はこれまで以上にはっきりとしたコンセプトアルバムにしている。

檜原街道に入った先にある寝釈迦像のごとく横たわるクマがいる村の番所を抜けると、小高い丘の上にはつぼみを付けた1本の泰山木があり、その根元には"レイシスト"と呼ばれ村のみんなから嫌われているイタチに追い立てられ疲れ切ったテンが休んでいる。

こんな物語でアルバムの幕が開く。そのM1の曲名は「白猿と赤鼻天狗 壱」。壱というからには、弐、参と続いていく。しかもこのシリーズはスガダイローのピアノのみを伴奏に、志人は朗読をしているのだ。物語を読み進めていくパフォーマンスは、ポエトリーリーディングとも違い、朗読と呼ぶ方が良さそうだ。M4の「弐」になったところで題名にもある、"白猿"と"赤鼻天狗"が登場する。その白猿が"レンゲショウマ"の群生する"夏地"に座っていると、大きなムカデに乗った赤鼻天狗がやってきて、物語がいよいよ動き出す。

陸(六)まで続く「白猿と赤鼻天狗」シリーズを縫うようにして、志人の思想やあるいは動物たちの物語を補強する歌が紡がれていく。

M2「アルカロイド -雑木林は愛の詩-」では自然こそが自分に色々教えてくれる先生であると断言する。その姿には檜原村で古民家を借り、畑を耕し、様々な動物と出会う生活を送る彼の今の心境がそのまま出ているように思う。朗読とポエトリーリーディングの違いがなんなのか不明だが、ここでの志人の表現はM1とは違い、ポエトリーに思える。

M4の「弐」で、白猿と赤鼻天狗がいよいよ出会い、無理難題をふっかけ合う。その様子を見たトンビのおやじが村の酒場を閉め、どちらが勝つのか賭け事を始める。M5「珠算遊戯」はそのトンビのおやじが弾いたそろばんを歌にしたものだ。中盤でのバンドの演奏は次第に狂気を帯び始め、混乱を生み出していく。それもそのはずで、狸と狐が大ゲンカを始めたのだ。方言を取り入れた2匹のやりとりはもはや歌詞(あいうえお作文ならぬ、いろはに作文になっている)があってもその意味を正確に掴むことは難しいが、その迫力は本作の聴き所のひとつだ。最初にこの曲をライブで聴いた時はギョッとしたものだったが、こういう風に物語とリンクする曲だと分かるとなかなかに興味深い。

白猿の侮辱に赤鼻天狗が憤るM8「四」に続くM9「カムトナル」やM10「狐の嫁入り」ではラップといっていいのか分からない境地に辿り着いている。古語や古いいい回しも取り入れた歌詞に散りばめられた押韻はますます磨きがかかり、非常に滑らかだ。素で聴いている限りでは理解が追い付かないのだけど、目には見えないけれどきっといるだろうモノノケや動植物をより身近に感じられる村で暮らせることへの感謝を歌っているように思える。

「白猿と赤鼻天狗」の物語はM11「伍」でついに佳境となる。怒った天狗は太陽を隠してしまう("金冠日食")。急速に姿を変えていく村に動物たちは逃げまどい混乱し、白猿に相談する。このシリーズはピアノのみでの伴奏となるために、ピアノ1台でその天変地異を表現していくことになる。スガダイローのまさに腕の見せ所だ。白猿の言葉は急に哲学に舵を切り、気づくと、"Don't Think, Feel"の精神に行き着く。その解釈が正しいのかどうかは知らないが。

M11の最後に"私たちは泣き 笑い 踊り 騒ぎ 花開き〜"というお馴染みのフレーズがゆったりと語られ、続くM12「わとなり」でいつものメロディを付けて歌われていく。ずいぶん長いことライブでは聴いていた一節がとうとう曲となるのを聴くのは嬉しいものだ。これまでにない明るい曲調に大団円感を覚える。

M13「陸」はエピローグであり、心優しいオチが待ち受けている。最後のM14「ニルヴァーナ -涅槃寂静-」は以前12インチシングル『ジレンマの角』の特典CD-Rにその一部をアカペラで披露していた曲の完成形だ。弓で弾かれるウッドベースの音色が心地良いアレンジの上で、ラップと歌を少しも違和感なく同居させ、人間は自然の一部であり、尊ぶべきは自然であり、後世にその豊かさを残していかなければならないというここ数年の彼らしいテーマが歌われる。自然保護という点ではM1ほどの直接性はないが、自然と共に生きる喜びを伝えている。

"静かな森の奥 シジュウカラ飛び踊るよ 風の通り道 君を見ているよ 優雅に舞い踊る時空間を越えて 咲き誇る永久に明るい日 空に掛かる虹の橋"という幸福感に包まれた最後のフレーズはそのまま情景が頭の中に浮かび上がるようだ。


SUIKAと降神のコラボ曲「タマキハル」で昔話的な大きな物語を描いてはいたが、あの曲ではまだラップをしていた。しかし、今回は完全に朗読だ。最初に聴いた時はそう来るのかという戸惑いが確かにあったが、志人らしさを失わない内容だったリ、展開の巧さ、オチの上品さなどを思うと、今回の挑戦は成功といえるだろう。スガダイローが率いるベースの東保光やドラム・服部マサツグの腕は申し分なく、とはいえ生での4人のセッションを体験してしまっていると、演奏とラップが拮抗する時のワクワクについてはわずかに乏しい点は否めないが、ジャズはライブで聴いてこそ生きるものだろうし、それは仕方のないことなのだろう。そうはいっても志人がこれほど他ジャンルと噛み合うとは思わなかったわけで、本人的にも更なる高みを思い描いていそうだ。

"ストリート"を歩まず(かつては"ジベタリアン"だったわけだけど)、村での定住を決めたラッパーへのいわゆる日本語ラップ界からの評価はさほど高いようには思えないが、彼の先進的なラップはその鋭さにさらに磨きをかけていて、ますます目が離せない。同じ道を行ったり来たりするだけで一向に進まないことがかっこいいとする格好だけのラッパーたちとは違い、ヒップホップ的に未開の地をひょいひょいとひとりで進み、誰も摘まないおいしい果実を独占している状況を見るにつけ、いつも不思議だなと思っている。




<『詩種』梱包作業> (写真はサムネイル仕様にしているのでクリックすると少し拡大します)
本アルバムの企画者がTwitterを通して、7月14日15日に荻窪ベルベットサンで行う梱包作業の手伝いを募集していたので、めったにない機会だし、何よりひと足早く聴けるとあって、安易な気持ちで参加してみた。

しかし、これが大変だった。最初にも書いたようにそのデザインを始めて見た時、侮蔑的な意味ではなく愛すべき型破りさという思いを込めて、アホだと思ってしまった。てっきり一般的なCDと同じ仕様で、プラスチックケースをはめていき、そこにCDを収めて、歌詞カードを収納して、シュリンクをかけるというとても簡単な作業だと想像してたのだ。が、そんな甘い話ではなく、ボランティア的に募集をかけたのも納得の手間暇のかかる作業だった。
まず長く伸びた1枚の紙状態のパッケージ(上の写真)を、手袋をはめて汚れをつけないよう丁寧に織り込んでいく。少しでも織り目や重なる部分がずれたりすると、全て組み上がった時に七角形の側面のどこかにゆがみやへこみができてしまうのだ。

すごくいいように解釈すれば、手作業のなせるひとつとて同じものがないパッケージといえる。
微妙に調節しつつ組み立てていき、検品班の合格を経たものがシュリンク班に渡る。彼らは熱でビニールをとかし密封できる特殊な機材を使い、なんで面倒くさい7角形なのだろうと疑問を抱きながらビニールと格闘しつつ封をしていく。

次に待ち受けているのはドライヤー班で、そのビニールにくるまったアルバムにドライヤーの熱を吹きかけるとシュルシュルとぴったり張り付くのだ。

1日目に参加した志人はこの最後の行程を手伝っていたので、もしかしたら彼が直接手掛けたアルバムを手に取る人がいるかもしれない。そして最後に表にアーティスト名とタイトルが入ったシールを張り付けると完成となる。

こうして書いていくと簡単なように思えるが、慣れない作業でしかもこれが1枚2500円の価値を持った大切な商品であり、1枚たりとも疎かにはできないわけで、デザインはすごくいいのに、なんでこんな複雑なのと思いながらも、折り班は楽しく会話しながら、シュリンク班やドライヤー班は黙々と手元だけを見つめ作業をし、2日かけてとりあえず初回納品分だけは作業し終えることができたのだった。

その後も、17日に手伝い募集が急遽なされていたが、ベルベットサンの営業後に関係者だけで終わらなかった分(折りは2日目で全て終わったのでシュリンク作業)をこつこつと作業したそうだ(お疲れ様です)。そんなわけだから、梱包作業をただ手伝っただけなのに不思議な愛情を感じてしまうアルバムになった。

続いて、写真でアルバムデザインを紹介していく。まず正面図。シュリンクされている状態だ。


こちらは裏返した状態。ビニールがピッタリと張り付けられ、折りたたまれているのが分かる。

それではビニールを剥いてみよう。私はなんだかもったいなくて開けられずに2〜3日ニタニタ眺めていた。
正面図。ビニールを剥いだので、表側には中身を示す表記が一切なくなる。すぐに汚れや日焼けでやられてしまいそうな神々しいほどの純白。
で、こちらが裏側。すでに開花しかけているのが分かる。
そういえば背はこんな感じで、1ヶ所にアーティスト名とタイトルが書かれている。開けたり閉じたりした影響や、連日の湿度もあり、紙が少々ヘタってきている。

後ろ側から花弁をひとつひとつ開いていくとこうなる。"白猿"が座る夏地で彼を取り巻くようにして咲いている"レンゲショウマ"をかたどっている。


真ん中の小さい花弁を開けると、CDが収められている。CDの図案は"金冠日食"だ。
CDを外すとクレジット欄になる。花弁に描かれる歌詞やクレジット欄の下地の色は、"薄紫色の花弁をもたげておりました"の一節に由来する。


CDを収めていたパーツは蛇腹式に畳まれていて、それを広げたのが下の写真。花弁のひとつで、左上に伸びているところの先にCDを収録した部分がある。


横位置から見るとこんな感じ。左上の半円になっている部分が直接CDを押さえていた部分。

真上から。よく見ると、花と茎、葉のようにも見える。葉と茎の部分が蛇腹式に折り畳まれている部分だ。分かりやすいように一部畳んでいるが、実際は上の作業中の写真にもあるようにもう少し長くなる。


歌詞はこんな感じでやや小さい級数が使われている。


Twitterで検索してたら、すごくきれいに映した写真がアップされていたので無断借用しちゃいました(感謝です)。クリックで引用元ツイートに飛びます。


改めてこうして見てみると本当にすごいデザインだ。実際に購入された人は無理をせずに丁寧に開封した方がいい。それと、ビニールを破る時にこんな作業にも四苦八苦していた人がいたのだと、ほんの一瞬だけでも思い馳せてみるのも一興だろう(いままでCDを開けるのにそんなこと思いもしなかったけれど)。それはともかく、どういう風に折り込まれているのかしかと記憶しながら開けていかないと、本来の閉じ方ができなくなってしまう危険性がある。関係者は開け方や畳み方の動画をYouTubeにアップするようなことを話していたが、現時点では上げられていない。細心の注意を払うだけのことはある素晴らしいデザインであり、志人とスガダイローが創り出す独創的な音楽に文字通り花を添える。
2012.07.31 Tuesday 23:58 | 音楽 | comments(3) | trackbacks(0)
極楽島殺人事件 / 극락도 살인사건

50点/100点満点中

2007年の韓国映画。サスペンス。

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1986年、朝鮮半島最西南端に位置する港町・木浦市の沖合にある、平和だけが取り柄の極楽島で島民17人が忽然と姿を消す事件が起きる。送電技師たちの合宿所で花札賭博が行われていた時に事件が突然起き、島民がひとり、またひとりと殺されていく。
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島の保健所長チェ・ウソンを演じる主演のパク・ヘイルは2003年の傑作サスペンス映画『殺人の追憶』で容疑者のひとりを演じ、鮮烈な印象を残した俳優だ。『殺人の追憶』は1986年から1991年にかけて起きた韓国史上最初の連続殺人「華城連続殺人事件」を基にした作品だったが、同じ年を舞台にした本作もまた実話ベースといわれる。が、検索したところよく分からず、Yahoo!知恵袋にある見解が正しいようだ。

孤島で殺人事件。しかも皆殺しといえば、最近の韓国映画だと『ビー・デビル』がある。閉塞空間でのドロドロとした人間ドラマが基盤にあり、そこからの怒りの解放といった面白い展開をついつい期待してしまう設定ではあるが、本作にそこまでの面白みはない。極楽島という名前の通りに平和で、人々は朗らかで仲が良い。過去に何かよくない事件が起きたようではあるが、それも昔の話となっている。そんな中でいきなり殺人事件が起きる。犯人捜しが始まるが、殺人は1件でとどまらず2件、3件と続くことになる。犯人は一体誰なのか。動機は何なのか・・・。

見終えてしまえば、あまりに便利に恐怖描写を作り出す真相に鼻白みたくなるところだが、まあミステリーとは時にそういうものなのだろう。風呂敷を広げたはいいが畳み方がいい加減すぎる。

また、80年代を舞台にしているためか、映像自体に古さがあり、それこそ10数年前の火曜サスペンスのような印象を持つ。オープニングでの釣り人が腐敗した頭部を釣り上げる演出にある程度覚悟はしていたが、2時間近くもそうした映像を見せられると不満がたまるばかりだ。

送電技師のひとりとして『息もできない』のチョン・マンシクが出演していることが救い。
2012.07.31 Tuesday 23:57 | 映画 | comments(0) | trackbacks(0)
PHASE 7 フェーズ7 / Fase 7

32点/100点満点中

2011年のアルゼンチン映画。終末もの。DVDスルー作。製作費250万アルゼンチンペソ(55万ドル)。

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ココと妊娠7ケ月の妻ピピがスーパーで買い物している間に、原因不明のウィルスが世界中に蔓延し大混乱を引き起こしていると政府が国民に告げていた。何も知らず帰宅し、両親からの電話で事態を知り、愕然とする。やがてふたりが暮らすマンションの住民に感染者が出たことで封鎖される。精神が追い詰められた住人たちが殺し合いを始めることに・・・。
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またババ引いた。DVDスルーになる作品の中にも名作は埋もれている。あまりそうした"金"探しはせず、堅実に評判を頼りに見ていくわけだけど、時々気の迷いともいうべき行動に出てしまい、今回のように痛い目を見る。

TSUTAYAが発行しているフリーペーパーの「未公開映画掲示板」というページはDVDスルー作品の情報を得ることができる数少ないメディアのひとつとして重宝していて、そこに本作が掲載され気になったわけだ。"生存率0%。未知のウイルスがアルゼンチンで発生し、WHOの最高危機管理レベル"フェーズ6"を越える緊急事態が勃発。狂気に犯された未感染者が互いに殺戮を始めるという人類未曽有の危機に、一人の男が立ち向かう"というあらすじを読めば、終末もの好きとしては気にならざるを得ない。しかも、チェックポイントとして、"本国では大ヒットを記録、各国の映画祭でも絶賛。ハリウッド作品とは異なるダークな世界観が恐怖をよりリアルに!"とまである。

しかしその実態はといえば、ウィルスの蔓延が確認され始めたその初期に封鎖されたマンション(新築なのでまだ入居世帯が少ない)内で殺戮、というよりも単に殺し合いが始まるというもので、終末ものに期待される荒廃した世界が広がるわけでもなく、人々がパニックを引き起こす映像があるわけでもない。ダークさを感じられる点といえば、色々粗を隠すためだろう、画面が暗いシーンが通常よりも多いことぐらいだ。

身重の奥さんを抱えたひとりの男が実際にこんな事態に巻き込まれたらという意味ではリアリティがあるのかもしれない。銃を手に取り、昨日まで挨拶をしていた隣人を撃つなんてことは難しいだろう。ただ、映画となった時にそんな小さい物語しか描かれず、しかも紹介文句との差があまりにもありすぎる展開を目の当たりすると、クズ映画と断定するしかない。
2012.07.30 Monday 23:58 | 映画 | comments(0) | trackbacks(0)
サム 〜SOME〜 / 썸

32点/100点満点中

2004年の韓国映画。"新感覚"サスペンス。監督は『カル』のチャン・ユニョン。脚本も『カル』で監督共に共同脚本のひとりだったキム・ウンジョン。『公共の敵』『シルミド』『黒い家』のカン・シニルや、『アタック・ザ・ガス・ステーション!』の金髪ロッカー、『シルミド』の炊事班役、『アパートメント』での刑事役をこなしていたカン・ソンジンらも出演。

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警察が押収した100億ウォン相当の麻薬が護送中に強奪される。カン・ソンジュ刑事は容疑がかかった先輩刑事のオ班長の無実を晴らそうと捜査を開始するが・・・。
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集中的に見ている韓国映画だけど2作続けて駄作に出会ってしまった。そろそろ潮時なのかもしれない。評判の高いバイオレンス映画に続いて、戦争物、ホラーと見て、次にサスペンス、ノワールを攻めようと思った矢先にいきなりのつまずき。本作が『カル』の監督の作品だというが信じられない。

細部を描かず限定した物語を見せることで謎が謎を呼ぶ展開は確かにサスペンスにはある。その不親切度のバランスは非常に難しく、本作の場合は最後の最後まで何が何やらで終わってしまう。もちろんラストまで鑑賞すれば、起きている事件の真相自体は分かる。が、見ている側に今何が起きているのかはっきりと提示せずに進めてしまうことが多く、終始置き去りにされることにストレスを覚え、しかもヒロインの交通リポーター・ソ・ユジンが唐突に見るデジャブが便利すぎて、不快の域だ。

ユジンの能力は実際にはデジャブではなく、予知夢であり、その力はそれまで彼女にあったわけではなくいきなり発現する。だから彼女自身も戸惑うわけだが、そんな設定に驚かされるのは何もヒロインだけではない。見ている側も同様で、しかも説明が一切ない。強いて挙げれば、愛の力。カン刑事への一目惚れがなせた力ともいえるが、実際は制作者側にとって印象的なオープニングを作れたり、好きなように展開できる便利な措置でしかなく、まさに"新感覚"サスペンス。
2012.07.29 Sunday 23:58 | 映画 | comments(0) | trackbacks(0)
ダークナイト ライジング / The Dark Knight Rises

88点/100点満点中

クリストファー・ノーラン監督によるアメコミヒーロー・バットマン3部作の完結編。主演のクリスチャン・ベイル、彼を助けるレギュラー陣マイケル・ケイン、ゲイリー・オールドマン、モーガン・フリーマンらはそのまま続投。ノーラン監督の前作『インセプション』で信任を得たのか、トム・ハーディ、マリオン・コティヤール、ジョセフ・ゴードン=レヴィットらが出演。ヒロインにはアン・ハサウェイ!製作費2億5千万ドル。2012年公開作品。

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"光の騎士"として尊敬を集めた地方検事ハービー・デントの罪を一身に被り、ゴッサム・シティから姿を消した"ダークナイト"バットマン。あれから8年。ジム・ゴードン市警本部長が真実をひとり心に留め、街の平和に尽力したことで、ゴッサム・シティは束の間の平和を得る。しかし、異形のマスクをした巨漢の傭兵"ベイン"が一変させる。街は無法地帯と化し、人々の心が恐怖と絶望に支配されていく。ブルース・ウェインは自らの封印を解き、再びケープとマスクを身にまとうが・・・。
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端的にいうとすごく面白い映画だ。よく練られた物語と誰も見たことがないスケールの大きい世界観を創り出すことでハリウッドエンターテイメント映画界の中でも最高峰クラスの監督であるクリストファー・ノーランが潤沢な製作費を使い、その200億円近くかけただけのことはある絵空事をスクリーンの中にリアリティを持って現出させ、さらにはそれぞれがひとりでも主演を張れる地位にすでにいる当代きっての若手俳優や名脇役たちが人間ドラマを盛り立て、大作映画とも思えない華やかさを一切排除した音楽が今回も体を震わせる。テーマ、脚本、シリーズとしての位置づけなども考え合わせると、ハリウッドが現時点で創り得る最高の娯楽大作に違いない。

劇場を出る際、"ちょっと詰め込み過ぎかな"としたり顔で語る人が後ろを歩いていた(としたり顔でこの記事を書いている人間が形容することでもないが)。前作『ダークナイト』よりもさらに長い164分という長さに詰まり過ぎもないものだとは思うが、前半から中盤にかけて分かりにくさがある。

前作はジョーカーという原作コミックスを読んでいなくてもおそらく知っているだろう気狂いピエロがとても分かりやすい敵役をこなしていた。しかも彼は最初から最後まで間断なくゴッサム・シティに攻撃を仕掛けるものだから、その攻防だけでも見応えが生まれ、後半トゥーフェイスを誕生させることでさらに面白味が増していき、善悪というテーマと正義のヒーローの苦悩を描いてみせた。

今回の敵役べインはジョーカーのような華がない。へんてこなマスクの奥から漏れる声はダースベイダーのようにこもっている。彼が街/市民へ下す宣言も分かりにくい。昨年ニューヨークでの抗議活動を皮切りに全米に広がった"ウォール街を占拠せよ"を模しているのか、街は権力階層のものではなく、市民のものであるわけだから立ち上がれと促し、ジョーカーも成し遂げられなかったカオス状態を作り出す。

べインがその力の拠り所としたのが核爆弾であり、そのあまりに安易で危なっかしい描写の数々に3.11後の日本人としてはエンタメとするには早過ぎるのではと思えてくるが、そもそも本作の舞台ゴッサム・シティはこれまで以上にニューヨークであることが強調されていて、約10年の時を経たとはいえ、再びあの大都会がテロの脅威にさらされるという状況を描いているのだ。

どうして核がゴッサム・シティ/ニューヨークにあるのかといえば、これがまた笑えないぐらいにお粗末な話だ。現米政権が推し進めるクリーンエネルギー政策に呼応させたのだろう、バットマンの正体にして大企業ブルース産業の御曹司ブルース・ウェインが推し進めたもので、大都市の地下に密かに建造されていたのだ。何かあったら島(マンハッタン島)を囲むようにして流れている川の水を注入すればいいとのこと。それをロシアの技術者の手により、平和利用の原子力発電から軍事目的の核爆弾に作り変えられる。その起爆スイッチは市民の匿名の誰かの手にあり、よって政府は手を出すことができず、ゴッサム・シティは人間の悪意が吹き荒れる街と化するのだ。

立ち向かうのは我らが"暗黒の騎士"バットマン。しかし、彼は8年もの間隠遁生活を送っている。ゴッサム・シティは前回もジョーカーにより、善と悪のどちらかを選択しろと迫られた。市民たちは辛くも善を選んだけれど、"正義の騎士"を自認していた地方検事ハービー・デントは悲しみと怒りから悪に転落してしまう。善の体現者だったはずの彼は5人の人間(そのうちふたりは警官)を殺してしまうが、バットマンはデントの罪をひとりで背負うことで、彼を英雄として死なせ、その後の街の平和を作り上げたのだった。

ブルース/バットマンは最愛の人を亡くした悲しみを克服できずに屋敷にこもり続けた。そんな彼が8年の沈黙を破り外に出たきっかけがアン・ハサウェイ演じる女泥棒セリーナ・カイルであり、その裏にはウェイン産業ののっとりをたくらむダゲット建設の社長ジョン・ダゲットがいて、その紐を操るのがべインだ。新マシンを活用しバットマン復活を果たすも、すぐさまベイルとの一騎打ちに敗れ、ベイルがかつて生まれ育った"奈落"とも形容される過酷な牢獄に落とされてしまう。

2時間半を超える映画は要素が多過ぎてそのひとつひとつを取り上げていくときりがなく、いつの間にかまたあらすじみたいなものを書き連ねてしまっている。前半から中盤にかけては題名通りにバットマンの復活と、またしてもゴッサム・シティが凶悪な男に脅かされる状況が描かれるわけだ。娯楽大作らしくない複雑に入り組んだストーリーと大がかりなアクションがあるものの、前作と比較すれば人間ドラマを基調とする。ウェイン家の執事アルフレッドを演じるマイケル・ケインの重厚な演技は今見ている映画が黒い仮面とマントのコスプレ野郎が活躍するアメコミ映画だということを忘れさせるほどだ。

しかし終盤、いつだって逆境からの復活を宿命づけられているスーパーヒーローが街に戻ってきて、ベイルたちとの戦いの火蓋を切ると物語は徐々に輝き始め、初登場組のアン・ハサウェイやマリオン・コティヤール、ジョセフ・ゴードン=レヴィットら若手も魅力的なキャラクターを演じていく。そして、最後はキャッチコピー"伝説が、壮絶に、終わる。"が表すように、それでいいのという処置方法はさておき、壮絶な幕切れを果す。

そしてエピローグだ。ここでの演出が最高だったことで、終わりよければ全てよしの言葉通りに本作の評価をグッと上げる。アン・ハサウェイが演じる女泥棒はムチを持ったり尻尾を生やしたりしないものの、セリフの端々にネコをイメージさせるものがあり、原作コミックにも登場するキャットウーマンなわけであるが、そしてもうひとり実はバットマンに近い位置にいるキャラクターが出ていたことが分かる最後のシーンはああそうなのかという納得と共になぜかほろりとさせられるのだ。

エンディングに向けて終始アクセルをふかっしぱなしで最高のテンションでエンドロールを迎える展開はまさにシリーズ完結にふさわしく、重苦しい空気に包まれて終わってしまった前作では味わえなかった高揚感がある。傑作だった『ダークナイト』となにかと比べられるだろうが、また違う味わいを持つ作品であり、何よりその2作目だけではなく、1作目『バットマン ビギンズ』(こっちは復習していなかったので少し驚いた)も絡めることで、シリーズを大きなサーガとさせ、大団円を導き出していることが本当に素晴らしい。
2012.07.28 Saturday 23:58 | 映画 | comments(2) | trackbacks(0)
ガン&トークス / 킬러들의 수다

29点/100点満点中

2001年の韓国映画。犯罪サスペンス。『母なる証明』『アジョシ』のウォンビン、『シルミド』『トンマッコルへようこそ』のチョン・ジェヨン、同じく『トンマッコルへようこそ』や『JSA』『渇き』でお馴染みのシン・ハギュンらが出演。監督脚本は『トンマッコルへようこそ』で原作・脚本を担当したチャン・ジン。『公共の敵』や『シルミド』、『黒く濁る村』を監督したカン・ウソクによる製作。原題は"殺し屋たちのおしゃべり"の意。

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冷静な判断力を持つリーダー・サンヨン、元マラソン選手で今は爆発物専門のジョンウ、優秀なスナイパー・ジェヨン、そしてサンヨンの実弟ハヨンの4人は殺し屋を生業とする。オペラ劇場での暗殺という難易度の高い依頼が舞い込んできた。周到に準備を進める一方で、彼らを日頃マークしているチョ特捜検事が不穏な動きを察知し厳戒態勢を敷く。
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ウォンビン目的で見たわけだけど、久し振りに味わう駄作ぶりは眠い目をこすっての鑑賞だったこともあり、罵倒の言葉しか思い浮かばない。記事を書くにあたりクレジットを確認すると、監督は『トンマッコルへようこそ』で脚本していた人とある。ウィキペディアには、"一見スタイリッシュなアクション映画に見えるが、チャン・ジン特有のウィット、レトリックに満ちた作品であり、善と悪を問う哲学的テーマが物語の背景にある"、ともある。

まず、スタイリッシュでは決してない。10年以上前の作品を今の基準であれこれいうのはフェアではない。確かにそれ風を狙った映像が見受けられもするわけで、10年前の韓国では最先端だったのかもしれない。アクションはほとんどなく、暗殺者グループによる非合法活動の話なので"犯罪サスペンス"としたが、実態はコメディだ。原題の意味する通り、まさに"殺し屋たちのおしゃべり"であり、その様子は愚にもつかないと表現するのがふさわしい。犯罪者とおしゃべり、それにスタイリッシュといえば、クエンティン・タランティーノの諸作を思い浮かべるが、それらとはウン光年も隔たったところに位置し、同じ映画扱いするのもおこがましい。

"善と悪を問う哲学的なテーマ"は、私自身は感じ取れなかったが、そう書かれている限りは監督がインタビューか何かで述べたのであろうし、そうした意図もきっとあるのだろう。私の浅知恵ゆえか、あるいはその都度巻き戻しをしたつもりだが、コックリいった時にそんなメッセージが発信されていたのかもしれない。

4人の中では末っ子的なキャラクターを担うウォンビンも、その役柄やセリフのせいだろうとは思うが、ずいぶん雑な演技を披露していて、『ブラザーフッド』や『アジョシ』で見せたかっこいい演技派の面影は皆無だ。
2012.07.26 Thursday 23:58 | 映画 | comments(0) | trackbacks(0)
ベストセラー / 베스트셀러

75点/100点満点中

2010年の韓国映画。ミステリホラー。123分のディレクターズカット版もあるようだが、117分の通常版を鑑賞。

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長年にわたりベストセラーを連発してきた女性作家ペク・ヒス。しかし最新作が盗作の疑いをかけられ、名声は地に落ちる。2年後、再起を図るヒスは執筆に集中するべく、山奥の寒村にある古い別荘に娘ヨニと共に向かう。ほどなくヨニはヒスには見えない何者かと会話するようになる。ヨニの話す奇妙な物語に興味を抱いたヒスは、それを小説のモチーフに新作を完成させる。が、またしても同じ内容の作品が10年前に発表されていたことが発覚し・・・。
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これも面白い。アン・ビョンギ監督のように日本式ホラーの影響を感じさせず、質感は完全にハリウッドホラーのそれで、人里離れた霊の憑りつく別荘が舞台になるということもあるのか、オープニングでヒロインが車を走らせる様子は『シャイニング』を彷彿させる。アメリカンテイストのホラーであるために日本人の恐怖心を激しく揺さぶる怖さが失われているが、それは同時に韓国ホラーらしい安っぽい描写が少なくなることでもあり、脚本でドラマ性を高めようという姿勢に好感が持てる。

今回の霊は、韓国映画の基本ともいえる復讐や恨みというよりも自分の無念さに気づいて欲しいという思いが強いようで、荒ぶる霊ではないのだけど、それが作家の身に作用することで二度目の盗作疑惑に繋がってしまう。娘ヨニの霊との会話やヒス自身の精神問題、さらには地方の村社会が持つ閉鎖性などが微妙な距離感を保ちつつ絡んできて、始まり数分でその"存在"に疑惑を持ててしまったり、誰々が犯人だとか、真犯人もあの人といった具合に読めてしまう展開ではあるが、それを気にさせない物語自体の刺激が常にあるおかげで最後まで楽しみながら見終えることができる。

都会の人間が地方の閉鎖社会を不気味に思うというよくある設定を基本に置きながら、本作の妙味は彼らが決して悪人ではないところで、特にヒスに何かと親切にする青年会長のチャンシクのキャラ造型は面白い。明らかに怪しいのだけど、彼自身も同時に被害者であり、しかも幼い頃の人間関係(仲間からいじめを受けていた)まで踏み込んだ描写があり、しっかり張られた伏線と共に細かいエピソードで登場人物に厚みを持たせている。

はっきりいえる不満としては2時間弱の上映時間ぐらいで、本作がデビュー作とも思えない落ち着きのある作品になっている。
2012.07.25 Wednesday 23:58 | 映画 | comments(0) | trackbacks(0)
ブラッディ・ミッション / 고死: 피의 중간고사

69点/100点満点中

2008年の韓国映画。ミステリホラー。原題は"コ死: 血の中間考査"の意。"コ死"?製作費25億ウォン(220万ドル)。DVDスルー作。

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名門チャンイン高校では海外の学校から生徒を招き、招請授業が行われることに。そのために成績上位者20名による特別クラスを編制し、特別授業を始めることになる。最初の授業の開始直前に、スピーカーからテスト開始時のいつもの音楽が流れ、教室のモニターに全校で第1位の女子生徒ヘヨンが水槽に閉じ込められている映像が映し出される。同時に"問題を解かないと、彼女は死にます。全ての問題を解けば、最終的な答えが見出せます"との不気味な声が流れ出す。犯人からの質問を懸命に答えようとするが、次々に死者が続出し・・・。
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意外に悪くない出来。学校を舞台にしたホラー仕立てのミステリであり、オープニングでの演出には今回も失敗かと鼻白ませるが、その後の展開は安直な恐怖表現(ライトの激しい点滅等)に目をつぶりさえすれば、それなりに見られる映画になっている。

先生を含めて20数人しかいない休日の学校で、正体不明の殺人鬼が生徒をひとりひとりさらいつつ、毎回異なる残忍なピタゴラスイッチ式処刑法を準備し、問題に解ければ生徒を解放するという条件を突きつけてくる。あれどうしてこうなったのだろうと気になってしまう整合性のあやふやさについては、メリハリよく描かれる残虐描写が忘れさせてくれる。疑わしい人物もすぐに思い当たるのだけど、その真相までは分からせてもらえず、宣伝文句にあるような"衝撃"とまでは思わないものの、そうくるのかというオチではある。

映像や演出は良い点がマイナスを補っているのでいいとして、子役たちの演技力に少し難を覚える。個として抜かれるカットではなく、全体として映し出される時に、仲間のひとりが大変な事態に遭っているのにその表情でいいのかなという箇所がある。細かいことだけど作り物にリアリティを持たせるにはそうした細部が大切だ。脚本でいえば、テストで神経がまいってしまうチョ・ボムという生徒が今回のミスリードを担うのだけど、ちょいちょい出てくるわりにはたいした働きもせず、もう少し物語と絡ませたら面白いのにと思わなくもない。

ヒロインの女子生徒カン・イナを演じるナム・ギュリは女性3人組のグループSeeYaのリーダーとして活躍していた時期もあったそうだ。特に不満のない演技で、序盤での悪夢から目覚めた後に自分の出血に気づくシーンはこの手の青春ホラーではあまり見ることがないので、何か面白い伏線なのかなと思いきや何でもなくて女子寮らしい一幕を描く演出に終わってしまっている。

残念といえばそのイナを守るいわばナイトといえる男子生徒カンヒョン役のキム・ボムだ。頭の方はだいぶ下だが、見た目がかっこよく、しかも危うさもあるという年頃の女の子を魅了しそうな要素を兼ね備えている設定ではあるのに、イマイチその魅力が迸らない。私にとってこうしたキャラの理想形は『パラサイト』のジョシュ・ハートネットなのだけど、まあ演出のせいもあるのだろうが、キム・ボムではやや小ぶりに思えてしまう。彼の思いがけない結末のおかげでこの映画はどうなるのだろうという驚きを生むこともあり、大切な主要人物ではある。

エンドロールでの監督の悪ふざけも含めて、最後まで楽しめる作品。韓国映画にしては90分を切る長さも良い。
2012.07.24 Tuesday 23:58 | 映画 | comments(0) | trackbacks(0)
ひきこもり / 외톨이

59点/100点満点中

2008年の韓国映画。ホラー。ヒロインの叔父の恋人役には『』で頭を剃って熱演したチェ・ミンソ。原題は"ひとりぼっち"の意。DVDスルー作。

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女子高生チョン・スナは親友のイ・ハジョンが自分に助けを求めていたのに答えることをせず、結局彼女は引きこもりとなり自殺してしまったことにショックを受け、スナ自身も自室に引きこもってしまう。同居する叔父のチョン・セジンや祖母は心配し、セジンの恋人でカウンセラーでもあるチェ・ユンミも部屋を訪れるが入れてもらえない。やがて、スナの奇行が始まり・・・。
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序盤での主人公スナの親友ハジョンが給食室で悪質ないじめを受けるシーンからしてイヤな予感しかしない。テレビドラマのような安い演出やカットだからだ。映画とテレビの映像での境界線がどうのといえるほど知識はないが、見た瞬間にテレビ映画を劇場用の映画としているのではないかと思ったほど。『公共の敵』でも同じ感想を持ったことを思い出し、これで2本目またハズレかと思いつつ、過度なライティングできれいに顔が浮き上がる映像や不自然なまでに見目麗しい一般人が主要人物となるドラマに違和感しかないながらも見続けると、ラストでの物語の閉じ方が意外や意外しっかり理屈をつけたオチで、安直な驚かし一本のホラーからいい感じにミステリに着地してしまう。なるほど夜の校舎で出会ったのは・・・とか、奇行が・・・とか、しっかりとした伏線だったのだ。多分もう1回見るとより楽しめるのだろう。

自殺した親友をどうして助けられなかったのかと悔やむスナは、そのまま先日見た『アパートメント』の主人公とかぶる。その心の弱みに付け込むようにして"霊"が彼女に忍び寄る。それが親友ハジョンのものなのか、それとも自分の出生に関係してくるものなのか。いずれにせよ、"復讐"を果すためだ。霊が一体何者なのかについての序盤でのミスリードも含めて、これが韓国ホラーの型なのだろうか。まだ数本しか見ていないけれど、この方程式はそこかしこで見かける。

せっかくよく練られた脚本なのに、それを台無しにしているのが演出だろう。無理にホラーっぽく血しぶきを飛ばして扇情的にするのではなく、また下手くそなカット割りで観客を惑わそうとするのではなく、落ち着いた描写で展開していく方がずっと楽しめたように思う。もったいない。


2006年製作の『アパートメント』でも"引きこもり"という単語がそのまま韓国語として使われていて少し気になっていたのだけど、イギリスでは2007年に国営放送BBCが日本の引きこもりの実態について放送したり、イタリアでも新聞で特集記事が組まれたそうだ。2010年8月に出されたオックスフォード英語辞典第三版には"hikikomori"が収録されたとのこと(全部ウィキからの抜粋)。
2012.07.23 Monday 23:58 | 映画 | comments(0) | trackbacks(0)
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